どうしましょう
「よし、これでいいかしら……。結局、当たり障りないことしか書けなかったけれど……」
何枚も便箋を駄目にして、何とか手紙が出せる内容になった頃には日が完全に落ちていた。
内容は何回も書き直した結果、領地に到着したことや数日過ごしたことの感想しか書けなかった。
この後の話は、パトリシア様からの返信でまた考えて行くしかない。
もう未来のわたくしに頑張ってもらうわ。
とりあえず、形にはなったので良いでしょう。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「ありがとう、エマ」
エマがお茶と少しの茶菓子も用意してくれる。
今はとにかく糖分を欲していたので、とても嬉しい。
用意してくれた茶菓子は、クッキーだ。枚数も少ないし、お腹に溜まらない。もうすぐ夕食ということも考慮されていて、流石だ。
「ああ、エマの優しさも相まって、とても美味しいわ。ありがとう」
「そう言っていただけて光栄です」
「そういえば、お父様の仕事はどうなのかしら? 何か知っている?」
「流石に私も旦那様の仕事の進捗は分かりませんね」
「エマはずっとわたくしのそばにいてくれているものね」
「ですが時々聞こえてくる情報では、落ち着いてきたようですよ」
「まあ、良かったわ。珍しいこともあるものだから、心配していたのよ」
「そうですね。私どもの間でも、驚いている者が多かったです」
まあ、体調が悪いわけではなさそうだし。朝はやつれていたけれど、仕事が落ち着けば元に戻るでしょう。
そんな会話をしていると、扉がノックされる。どうやら夕食の時間らしい。
椅子から立ち上がって、食堂に向かうことにした。
夕食は特に特別なことはなかった。
相変わらず、美味しいのは勿論だ。
トミーと出かけた際の景色の良さだとか、お店の雰囲気を話した。
お父様も、エマが聞いたように仕事は落ち着いてきたらしい。
何よりだ。
夕食を食べ終えて、部屋に戻る。お腹がいっぱいになったからか、それとも色々あったからかとても眠たい。
何とか湯浴みを終えて、ベッドへダイブした。
(布団を被らないと風邪をひくわ……。ああ、でも眠い)
何とか布団を引っ張った記憶を最後に、わたくしは気絶するように眠りに落ちた。
◇◇◇
その後数日は、とてものんびり過ごした。
本を読んだり、庭を散歩したり、邸の使用人たちと話をして距離を縮めたりなどとても充実していた。
トミーも一緒にいることが多くて、途中でお兄様がとても羨ましそうにしていた。
誘おうか悩んだのだけれど、お兄様はお父様の手伝いで忙しいそうだ。
領地に帰っているのに、王都にいるときより忙しそうで何だか気の毒だった。
わたくしも手伝えることがあればとも思うけれど、初日に断られているので言い出すことは憚られた。
それにわたくしたちには夏休みの課題がある。数日はのんびりしていたけれど、そろそろ課題に取り組まないと後半が苦しくなってしまう。
というわけで、トミーと書庫で課題に取り組んでいた。
時々お互いにわからないところを教え合う以外は、ペンを走らせる音だけが響いていた。
その雰囲気がテスト前にパトリシア様とメアリー様と勉強会をしていた時と同じで、まだそれから大して日が経っていないのに懐かしく感じた。
「……姉上?」
ペンの音が止まったことに気がついたトミーに声をかけられる。
「あ、いいえ。何でもないわ」
「そうですか? ならいいのですが」
「ええ。パトリシア様とメアリー様のことを考えていたの」
変に誤魔化すのも良くないと思い、簡単に伝える。
「手紙、早く返事が来るといいですね。メアリー嬢にも書いたのですか?」
「ええ。パトリシア様へ書いた次の日に書いたわ。そろそろお2人に届いているのではないかしら」
手紙は一般的に前世と変わらない。郵便局にあたる集配場で手紙を集めて、行き先ごとに集められている。そして馬車を使い、配達するという流れだ。
しかし、わたくしたち貴族だと馬で使用人に配達してもらっていることが多い。
そのため一般よりは早く届く。
夏休みの期間は1ヶ月半ほど。正直、普通の郵便では手紙のやり取りが間に合わないので、ありがたい。とても大変だと思うけれど、お父様に特別手当はあるか確認してみようかしら。
「そういえば、殿下には手紙を送ったのですか?」
「いいえ?」
「…………」
「そ、そんな目だけで語らないでちょうだい! これにはり、理由があるのよっ」
怖い。無言で‘’なぜ送っていないんだ‘’って言われたわ。視線だけで。
「一応、言い訳を聞いてあげましょう」
もう言い訳にされてる……。
いいえ、確かに言い訳にしかならないわ。
「うっ……。そもそも本当は、夏休み前に領地に帰ることは伝えるつもりでしたのよ。けれど殿下はお忙しそうでしたし、それに……」
「それに?」
「……パトリシア様との時間が大切かと思って……お父様が陛下に領地に帰る件は伝えたとおっしゃっていて、殿下にも話は伝わるはずと。それならいいかと思ってしまったのよ」
「ああ……」
もうトミーは憔悴したような声をあげて、顔を手で覆ってしまった。
わたくしの本心は、殿下はパトリシア様を選んだということは変わっていないのだけれど、それを今言ったらまた目で語られるので黙っておく。
あれから考えたのだけれど、確かにパトリシア様は婚約者のことについて明言していなかったと思う。
言葉も思い返せばどっちとも取れる言い方といえば、そうだったかもしれない。
とはいえ。
わたくしはパトリシア様ではないので、結局のところ真相はわからないということにしている。
……わかっている。
これは逃避なのだと。わたくしは、怖いのだ。
もし、トミーの言うことが真実だとしたら、パトリシア様とどんな顔をして会えばいいのか分からなくなってしまう。
逆にトミーの言うことを信じたけれど、殿下がパトリシア様を選んだら、またわたくしはショックを受けるのだろう。厚かましくも。
そんな風に考えていたら、気分がどんどん塞ぎ込んでしまう。どちらにしてもネガティブな方向に持っていってしまうことに気がついたので、考えるのを止めた。
逃避だとわかっていても、無駄に考えて消耗する方が非効率だ。
正直、どっちに転んでも誰かに気まずいので、もはや全てを捨ててこのまま領地に引きこもりたい心境だ。
「しかし、姉上。今まで手紙のやりとりはされていたのですよね? 急に送らなくなるのも良くないのでは?」
「それは……待って、トミー。わたくし殿下と手紙のやりとりをしていることは言ってなかったわよね? なぜ知っているの?」
「姉上、僕たち同じ建物に住んでいるんですよ? 冷静に考えて、手紙を送っていることくらい、いつかはわかりますよ。人の口に門は立てられませんしね」
「そ、そう言われればそうね」
確かに。使用人たちが言いふらすとかではなくとも、宛名の確認の時とかに声に出すかもしれない。
「とりあえず、殿下にも手紙を書いた方がいいのではないですか? 簡単な現状報告だけでも」
「それはそうだけれど」
そもそもパトリシア様の件で、手紙は終わるものだと思っていた。しかし、その件については殿下と話すらしていない。
それにパトリシア様には他言無用ということも言われた。ということは殿下がパトリシア様を選んだということを、わたくしが知っていることを知らない可能性が高い?
それならばわたくしからの手紙が急に途切れたことを、不審に思うのでは?
あれ、わたくし、とても失礼なことをしている?
たらりと背中に汗が伝う。
「姉上、大丈夫ですよ。今からでも手紙を書けば間に合いますよ」
「だ、大丈夫かしら。これでスタンホープ家の評価が落ちたら」
「そもそも僕からしたら、殿下への評価が落ちているので大丈夫です」
「それは何も大丈夫ではないわ」
逆に何がありました?
聞きたかったけれど、手紙を書くように言われて聞くタイミングを逃してしまった。
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