【幕間】落第した侯爵家嫡男
アレキサンダーの言うことを理解するのに、なぜか時間がかかってしまったトミー。
ようやく噛み砕けて、理解した時に出た言葉は。
「僕のこの悩んだ時間、返して欲しいんですけれど」
だった。
空回りしかしていない気分になったのだ。いや、振り回されているのか。
どちらにしても、疲労感を感じてしまう。
おおきく、それは大きくため息を吐いた。
アルフィーに頭を撫でられるけれど、抵抗する気も起きない。
「あらあら。トミー、悪いことではないでしょう?」
「そうでしょうか。側から見たら滑稽な気がしますよ」
「そんなことないわ。だって、トミーはへティが好きでしょう? それを託す相手を見極めた。けれどそれで安心できるわけじゃない。本当にこれからも信頼できる相手か。釣った魚に餌をやり続けるか。それを注目し続けるのも大切なことよ?」
アメリアの言葉に、ささくれだった心が少し和らぐ。
その内容が不敬な気がしなくもないけれど、家族内の会話だし、何よりアメリアはトミーの味方だ。
アレキサンダーも頷きながらいった。
「ああ。トミーのその冷静に物事を判断しようとする力は素晴らしいよ。これがダメだったら、違う方法で……と代替案、この場合は言葉選びが良くないけれど、それは置いておいて。とにかく、思考し続けているのは美徳だよ」
「……ありがとうございます」
アレキサンダーにも褒められれば、トミーの気持ちは落ち着いた。
アルフィーにはまだ、頭を撫でられ続けている。そろそろボサボサになりそうだ。
しかし、ヘンリエッタは優しく撫でて来るのに対して、アルフィーは何というか力強い。
状況もあるのかもしれないけれど、トミーの体を揺らすほどの力加減は、元気づけてくれるようだ。
「それで、殿下はいつ頃、こちらにいらっしゃるのですか?」
「夏休み後半にいらっしゃるよ。殿下もそのために今、公務を片付けている最中だろうね」
「姉上にこのことは?」
「内緒だ。殿下がそう望まれているからね」
「承知しました。余談ですが、父上が公務をためた理由は何ですか?」
「……」
そういうと黙ってしまった。いや、固まったと言う方が正しいかもしれない。
「いえ、話したくないのなら、無理にとは言いません」
「いや、すまない。トミーには隠し事してしまったしね。まあ、あれだ。最初はへティが心配で、仕事が手につかなかったんだよ。かろうじて期限が近いものからしていたから、支障はなかったけれど。アメリアから話も聞いて、その、寂しくてね?」
「寂しい?」
「つまり、へティがお嫁に行って、気軽に会えなくなるのが寂しかったんですって。まだまだ先の話なのにねぇ。気が早いったら」
アメリアが笑いを堪えながらいった。アレキサンダーは恥ずかしそうに頬をかいている。
「…………」
もう何を言えずに、無の表情でアレキサンダーを見るトミー。
あまりの視線の冷たさに、アレキサンダーはダメージを受けた。
「うっそんな目で見ないでくれ」
「……僕は似たような状態でも、普通に生活していたのですが」
「うん、そうだね。本当にトミーは立派だよ。ああ、私が情けなかったから、そんな表情しないでくれ」
「兄上も似たような感じですか」
「うっ」
今度はアルフィーにも飛び火する。いつの間にか手は離れて、宙を彷徨っている。
額には汗も浮かんでいる。本当にこの2人は家族が絡むと、ポンコツになるらしい。
「……お2人とも、僕より年上ですよね? 公私混同しないでください。あと、家族だからまだ良いものの、あんなに様子がおかしかったのなら他の人たちに漬け込まれてもおかしくなかったと思いませんか? そこの危機管理はどうしているんですか?」
「い、いや。外は、外では隠していたよ。私もそのくらいは」
「兄上はだいぶおかしかったですよね。あれはどう考えても隠しきれていませんでしたが? たまたま、そうたまたま、姉上をいつも以上に過保護にしていたからバレなかっただけですよ? 特に学園はどこに人の目があるのかわからないんですから、もっと自覚を持ってください。姉上も呆れていましたからね」
「は、はい。その通りです。すいません」
トミーの怒涛のお説教に、たじたじになる2人。
その様子をしばらく静観していたアメリアだけれど、耐えられないとばかりに噴き出した。
「あははっ。トミー、そのくらいで許してあげなさい。……そうよねぇ。だからわたくしも言ったのに。なのにこの2人ときたら、情けないわ。トミーは本当に逞しいわ。この調子でアレキサンダーとアルフィーをうまく操ってちょうだい」
「そうですね、スパルタで行きましょう」
「「えっ」」
トミーの言葉に、顔色を悪くする2人。年下の少年に言われる2人のプライドは如何程か。
しかし、この状態。完全に立場が逆転している。
2人はひたすらに萎縮しているが、アメリアはとても楽しそうだ。
トミーはまだまだ言い足りない気持ちを抑える。このままでは話が進まない。
きっとヘンリエッタは手紙と格闘しているから、今ここに集まっていることはバレないだろうけれど時間は有限だ。
「それで、僕に何かして欲しいことはあるのですか?」
これみよがしにため息を吐きながら問いかける。
「いいえ、貴方はいつも通り過ごしてくれればいいわ」
トミーの問いかけに答えたのはアメリアだ。
トミーは首を傾げる。ならばなぜ、自分はここに呼ばれたのかわからない。
アメリアは続ける。
「先ほどの話で、トミーは殿下を監視したいのでしょう? だからここに殿下がいる間、どのような行動をするか監視するといいと思うの」
「なるほど。確かにいつも通り……と言われると分かりませんでしたが、僕の気持ちの整理のためにも殿下を厳しい目で監視したいですね」
「そうでしょう? トミーが認めるなら、わたくしたちも安心していられるもの」
「僕への信頼がすごいですね。母上の方が、人を見る目はあるはずなのですが」
「そうかもしれないわね。けれど、‘’男性‘’としてへティを見れるのはトミーだもの。わたくしは‘’娘‘’として見ているから、視点が違うわ。その視点って貴重でしょう?」
「わかる気もしますが、難しいですね」
「ふふ、とにかく信頼されていると思っていればいいわ」
アメリアはにこやかに言った。
そう言われると、自然と自信が湧いてくるから不思議なものだ。
「そうそう、アルはアレキサンダーの手伝いがみっちり入っているから、頑張ってちょうだいね」
「へ?」
言われたアルフィーは、顔を引き攣らせた。よっぽど今回の手伝いが大変だったようだ。
「し、しかし母上。邸のおもてなしなどはどうするのですか? 僕が思っていたのですが」
「わたくしもそのつもりだったけれど、アルは余計なことをしそうだからダメね」
「うっそんな」
「だから忠告したのよ? ふふ、残念だったわね」
どうやらアルフィーは試されていたらしい。
トミーでもアルフィーが暴走する心配をしてしまうので、ヘンリエッタのことを考えるなら、アルフィーには大人しくしてもらっていたほうが賢明だと思う。
「大丈夫よ。ねぇ貴方」
「あ、ああ。急ぎの仕事は終わらせたから、ペースも落ち着くよ。だからそこまで大変ではないはずだ。うん、元々アルには領主の仕事も見学してもらうつもりだったし」
「父上まで……」
味方がいないことにアルフィーは絶望している。
流石に気の毒に思ったトミー。
「兄上、とりあえず進捗は話しますから、それで我慢してください」
「ああ、ありがとうトミー。ははは」
目が死んでいるのは、突っ込まないでおいた。




