【幕間】公爵令嬢と殿下②
「一つ、区切りをつけるために言わせてください」
「ああ」
パトリシアは大きく息を吸う。
自分が出来る、最大限の綺麗な笑顔で言った。
「殿下、お慕いしておりましたわ」
「……ありがとう。そして、すまない」
「いいえ。ずっと前から、わかっていた事です。わたくしは、やりきったのですわ」
「そうだな。パトリシア嬢にはこれからも、頼りにさせてもらうよ」
その言葉とともに、ハンカチを差し出される。
不思議に思うけれど、すぐに気がついた。視界が歪んでいる。
「あ、あら。申し訳ありません。こんな……」
「いいや。ここは今、私しかいない。何も気にすることはない」
止めようとするけれど、止まらない。次々に頬を伝って流れていく。
声も震えてしまう。
淑女として、人前で泣くなんて許されないのに。
やりきったはずなのに、後悔なんてないのに、涙が止まらない。
それでも、心の中は失恋したのだという思いでいっぱいになった。
パトリシアは気がつく。
(ああ。わたくしは、全力で恋をして失恋したのだわ。苦しいけれど、同時に清々しさも感じる……)
この涙は、次へ進むためのステップだ。
そう察して、思わず笑ってしまう。色々な感情が入り混じって、どんな表情をするのが正解なのか分からなかった。
けれど、その感覚も今まで努力してきたからこそだと思うと、パトリシアは嬉しくなるのだ。
フレディは責めることなく、ただ黙っていた。
フレディにはパトリシアに言葉をかける資格なんてない。それこそ、彼女のプライドを痛く傷つけてしまうことがわかりきっているからだ。
だからパトリシアが満足するまで、ただ待っていた。
しばらくして、パトリシアは涙を拭いてフレディに向き直る。
微笑みながら、いった。
「それでは、今度は殿下の番ですわ」
パトリシアの言葉にフレディは頷く。
パトリシアが宣言した意味を考えれば、フレディが何をいうべきかわかっていた。
「私はそろそろ本格的に婚約者の選定に入る。いや、もう決めたんだ。……だからこそ、1番私を見てくれていたパトリシア嬢の気持ちを確かめたかった」
「ふふ。そう言われると、殿下は大きな魚を逃したのかもしれませんね」
「そうかもしれないな」
思わず、2人で笑ってしまう。
表情を改めて、フレディは言った。
「私は、ヘンリエッタ・スタンホープ侯爵令嬢を婚約者にしたい」
「ええ、存じておりますわ。……彼女の場合は外堀を埋めないと、逃げられそうですものね?」
「そうだな。最近のパトリシア嬢を見るに、協力をお願いしても良いだろうか?」
「もちろんですわ。ああ、せっかくですしメアリー様も含めて、惚気話を聞かせてくれませんこと?」
「え」
パトリシアのお願いに、ビシッと固まるフレディ。
惚気話とな。
「この間、初めて恋バナとやらをしてみたのですが……ヘンリエッタ様があのような調子で、そもそも恋バナにいたらなかったのです。さらに前に、メアリー様からそういったお話を聞いて、興味がありましたの。今回の対価として、いかがでしょう?」
「なるほど。……私が聞くのもおかしいが、それで良いのかい?」
「ええ。どうせなら、ヘンリエッタ様が羞恥心で悶えるところも見たいですもの。こっそりヘンリエッタ様にも聞かせたいですわ」
「それは勘弁してくれ」
フレディは苦笑する。一体どんな罰ゲームだ。
「冗談ですわ。お気になさらず」
「そんなことを言うなんて、珍しいな」
「一世一代の告白をしたのです。気が大きくなっているのでしょう」
「そうか、悪いことではないな」
「そうでしょう? それで、どのように協力すればよろしいのでしょう?」
「ああ、それは――」
2人は思いのほか、作戦会議をすることになった。
その裏で、ヘンリエッタがあらぬ方向に――2人が最も望まない方向に、勘違いをしていること。
気がつくのは、あと数日のこと。




