デートの誘い
デート。ずっと、それこそ何ヶ月も延期になっていた約束。
行くべきだと理性は伝えているけれど、行きたくない気持ちもある。
結局は自分勝手な理由だけれど。
「気楽に考えてください。姉上は最近、悩んでいることが多いようなので気分転換しようと言うことですよ」
「気分転換……」
「はい。母上に聞いたのですが、景観の良い場所が多いそうですよ。自然に触れることもいい気分転換になると思います」
「そう、ね。約束が随分な期間延期になってしまったもの。行きましょう」
「では明日。よろしくお願いします」
「ええ」
会話を終えて、再び最初の目的地である書庫に向かう。
そういえば、と思う。
トミーの眼差しが、以前と違う気がした。
前は明らかに熱がこもっていたけれど、今は熱を感じない。
流石に愛想をつかしてもなんらおかしくはないのだけれど、それとも違う感じがする。
前は周りのことがよく見えていた気がするのに、最近はあまりよくわからなくなっている。
自分のことが見えていないからかしら。
気になるのは事実だ。けれどそれを聞いてしまえば、もうやり直しが効かない。
明日、明日までには整理をつけるから。
(ごめんなさい、トミー。情けないわたくしを、どうか許してください)
心の中で、謝罪した。
◇◇◇
夕食も湯浴みも終えて、夜の帷が覆っている。
夜風に冷えないように、ショールを羽織ってバルコニーに出た。
月に照らされた湖が、とても神秘的だ。
「綺麗……」
まるで湖に月の女神が降臨しそうな、神々しさだ。
そんな景色に見惚れていたけれど、急に夕食の時間のことを思い出してしまった。
ダイニングにやってきたお父様は、口から魂が出ているような幻覚を見た。
お母様はいつも通り、お兄様も少し疲れているようだ。
あまり会話はしなかった。
トミーもあれから普段通りだ。
体に溜まった悪いものを吐き出すように、大きく息を吐く。
なんだか取り止めのないことばかり考えてしまっている。
(明日のこととか、今までのこと……思考がまとまらないのに、考えることが止まらないわ)
そして段々と悪い方向へ考えてしまっている。
明日、トミーとどのような話をしよう。
一番わたくしがしたいことは謝罪だ。けれど、それがトミーの望むことなのだろうか。
今のトミーの気持ちを理解できていないので、何を求められているのかわからない。
そして謝罪の内容も、言い訳になってはいけない。自己保身のための謝罪では、トミーへの誠意がない。
自分の罪悪感を和らげるために謝るなんてこと、絶対にしてはいけない。
わたくしはトミーと今後、どうしていきたいのだろう。
殿下のことを抜きにしても、やはりトミーは‘’弟‘’という目でしか見れない。
いやもしかして、もっと時間が経てば変わったりするのだろうか。
そもそもトミーの気持ちが今はわからない。今、それを考えてどうするのだろう。
考えても答えは出ずに、同じことを繰り返し考えているだけ。
完全によろしくない。
もう一度ため息を吐いて、思考を外へ追いやる。
「……寝ましょう」
夜はなんだかマイナス思考に、陥りやすい。
こういった時は一旦寝てしまうに限る。朝に考えれば、もう少し有益な計画を立てられるかもしれない。
そう考えて、わたくしはバルコニーから部屋へ戻る。
カーテンを閉めて、ベッドに潜り込む。
寝ると思っても、考え始めてしまうと止まらないことはわかっているので、強制的に寝られるようにしよう。
余計な思考を入らせないために、仰向けになってお腹に手を当てる。
ゆっくり4秒息を吸って、8秒かけて息を吐くと言うことを繰り返す。
そのことに集中すれば、他の雑念に囚われることはない。
羊を数えるよりは、いい方法だ。
いつの間にか、意識を手放すまで。わたくしはずっと深呼吸を繰り返した。




