様子がおかしいのは誰でしょう
果たして執務室に行くと、本当に書類に囲まれたお父様がいた。
時々執務室に行くことがあったけれど、ここまで書類を溜め込んでいるところを見たことがない。
何があったの?
「あら、少しは減ったのね」
「アメリアァ…。君の忠告を聞かなかった私が悪かったから、助けてくれ」
お母様が声を掛けると、聞いたことが無いくらい情けない声を上げるお父様。
お兄様は大して驚いていないけれど、トミーは驚いている。トミーもあまり詳しく知らなかったのね。
「お父様……どうしてこんなに、仕事が溜まっているのです? もしかして、具合が悪いのですか? でしたらわたくしも手伝えることがあれば、手伝いますわ」
「うう……ヘティ……。今はその優しさが……」
何故か更に落ち込んだ様子のお父様。
え? 何故ですの?
「ダメよ、ヘティ。コレは、優しい言葉をかけちゃ。具合が悪いのではなく、完全に自業自得ですからね」
「ああ、ヘティ。今はダメだ。ここはお母様と僕が手伝うから、ヘティとトミーは大丈夫だよ」
……もしかして、お父様が仕事を溜め込んだ原因はわたくし?
話の流れ的に、わたくしも関係ありそうな気がするわ。
いえ、考えすぎかしら。
最近、挙動不審な人が周りに多くて、何が原因かわからないわね。
「仕方ないですね。姉上、僕たちは行きましょう。せっかくですし、書庫にでも行きませんか?」
「でも、トミー」
「僕たちもスタンホープ家の一員ですが、こういう仕事って最終的には当主の決定が必要です。あんまり大人数で手分けしても、逆に父上の負担が増えてしまいます」
「わかりましたわ」
トミーの言うこともごもっともなので、大人しく執務室から退出する。
書庫に向かう廊下で、ポツリと溢した。
「最近、わたくしに隠し事をしてますわよね。お父様が仕事を溜め込んだのも、わたくしが理由でしょう。トミーは知っているの?」
「正直に言いますが、僕も詳しい事は知りません。でも……」
そこで立ち止まる。
わたくしも立ち止まって、トミーを見つめた。
トミーは癖のある茶色の髪で、瞳を隠した。
「何かしら?」
「姉上も隠している事、ありますよね」
「!」
それは、問いかけではない。
確信を持った言葉だった。
「隠し事? わたくしが?」
声が震えないように気をつけながらとぼける。
けれど、トミーに通用する訳もなかった。
「そうです。テストの結果発表のあった日から。あの時、何があったのですか?」
「……」
一番、知られてほしくない相手だと思う。
何故なら、トミーの気持ちをわたくしは知っているから。
今までのトミーへの対応を思い出す。
トミーに対して、罪悪感に押し潰されてしまいそうになる。
それを覚悟で、わたくしは選んだはずだった。
恨まれてもいいから、恋愛感情を持たれないように振るう舞うことを選んだはずだった。
なのに。
わたくしは、愚か者だった。
恋はしないと誓ったのに、育たないようにしていたのに、気がついたら恋に落ちていた。
そしてトミーに如何に残酷なことをしていたか、本当の意味で理解した。
わたくしは無知で、トミーに残酷なことをしていたのだ。
本来であれば、最初の段階でもっとキッパリ言うべきだったのに躱すことを選んだ。
トミーと‘’弟‘’としてそばにいて欲しかったから。
自分勝手で傲慢な選択だった。
なのに、トミーはわたくしを一度も責めなかった。
そんな優しいトミーを、最悪な形で裏切っている。
だから、知られたくなった。
けれど、トミーに気づかれてしまった。
もしかしたらお父様やお兄様の様子がおかしいのも、それが理由なのかもしれない。
だって、初日に思ったことだ。
"家族には、何があったか全て知られているかもしれない"と。
それが当たっていただけのこと。
それなのに、わたくしの鼓動はどんどん大きくなっていく。
なにか、言わないといけないのに、言葉が出てこない。
謝罪したいのか。けれどそれはわたくしが、楽になりたいだけ。
どうすれば良いのだろう。
「姉上。明日はいい天気だそうですよ」
「え?」
突拍子もない話題に、床に落としていた視線をなんとか上げる。
前髪で隠れていたトミーの瞳が露わになっていた。
とても、強い瞳。
「ずっと延期されていたデートに、明日、行きませんか?」




