昔を思い出しますわ
「そういえばトミーの距離が縮まったのも、花がきっかけでしたわね」
「懐かしいね」
「そうですね。まさか連日追いかけっこすることになるとは思いませんでした」
わたくしとお兄様が感傷に浸っていると、トミーは肩をすくめて言う。
そんな様子を見て、お母様も会話に入る。
「ふふ、わたくしが2人にアドバイスしたのよ。‘’押してダメなら、さらに押せ‘’ってね」
「それで追いかけっこになる意味がわからないのですが」
「あれはトミーが逃げ始めたから、自然と追いかけっこすることになりましたわね」
「そうだね。‘’逃げるなら、追いかけないと‘’って思ったなぁ」
「僕のせいですか……」
「あら、トミーも本気では嫌がってなかったじゃない。おかげで、3人の運動能力も上がったし、良いこと尽くめだったと思うわよ?」
「確かに、わたくしはあれで体の使い方を学んだ気がしますわ」
「へティ、運動不足だったから最初酷かったもんね」
「お兄様、ストレートすぎますわ」
特に学園に入学してからと言うもの、忙しくてなかなかこういう会話をしていなかった。
とても幸せに感じる。
「なんなら、また追いかけっこするかい?」
「「しません」」
お兄様の言葉に、わたくしとトミーは揃って否定した。
少しおちこむ、お兄様。
「あの頃はわたくしはまだ子供でしたから、追いかけっこも許されましたが今はダメですわ」
「この素晴らしい庭園の花を、散らしてしまうかと思うととても走れません」
わたくし達の言葉に、完全に落ち込んでしまった。お兄様の背後に簾が見えるわ。
お兄様って時々、こうして子供っぽいところが見られるのよね。普段は紳士なのに。
ギャップ?
「そういえば、あの頃は花を少なめにしていたわね。多少外で貴方達がお転婆をしても良いように」
お母様が思い出したように、手のひらを合わせた。
「今は見栄え重視に意識はしてますね。ですが、お坊ちゃまたちの思い出の一部になるのなら、少し散らしても花も本望だと思います」
まさか庭師がそんなことを言うとは思わず、驚いてしまう。
お兄様も慌てている。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、トミーのいう通り素晴らしい丹精込めた庭を荒らすのは出来ないね。言い出した僕が言うのもなんだけれど」
「ではなぜ、追いかけっこしようなんて言ったのです?」
「いや、懐かしんでたらつい……」
わたくしの問いに、居た堪れなさそうにお兄様は頭を掻いている。
そんな時、執事がこちらにやってきた。
「奥様、申し訳ありませんが、旦那様が限界でございます」
「まあ、もうなの? もう少し持たないかしら?」
「失礼ながら、私ではもう止めることが出来ません」
「仕方ないわね。一通り庭園も案内してもらえたし、今日はここまでにするしかないわね」
そう言って、お母様は庭師の方に向き直った。
「ありがとう。やはり貴方の庭はとても素敵だったわ」
「もったいないお言葉です」
「悪いのだけれど、今日はここまでにさせてもらうわね」
「はい」
わたくし達も戻るので、お礼を言った。
「ありがとうございました。とても素敵な時間でしたわ」
「僕も、懐かしい気持ちになれました」
「光栄です。また見にきてください」
「ええ」
わたくしとトミーがお礼を言って、最後にお兄様が一歩踏み出した。
「私からもありがとう。そして、貴方が丹精込めた庭を蔑ろにするようなことを言ってすまなかった」
「いいえ。アルフィー様が、ご兄弟を大切に思っていることが伝わってきましたよ。貴方様が将来の当主でしたら、このスタンホープ領は安泰です」
「期待を裏切らないようにするよ」
そんな会話をして、別れた。
離れたところで、お母様に尋ねる。状況からして、深刻そうではなかったけれど。
「ところで、お父様はどうされたのですか?」
お母様は少し呆れを滲ませて、言った。
「溜め込んだ仕事がパンクしそうで、手伝って欲しいとのことよ。まあ本音は自分だけ、仕事していることが嫌だったのでしょうけれど」
「ええ……」
言葉が出ない。その辺り勉強不足だけれど、やはり領地ではのんびり過ごすものなのかしら。
領民のための仕事もあるから、そんなものかと思っていたのだけれど。




