原点回帰ですわ
「はあ……生き返る……」
わたくしは湯船の中で、大きく息を吐いた。
お湯にはオイルや花びらを入れており、とても華やかだ。
いい香りで、とても落ち着く。
「お嬢様、そのまま沈まないでくださいね」
「そうしたらエマが助けてちょうだい」
「私1人では無理なので、旦那様をお呼びしますね」
「ひどいわ」
軟体動物のように力を抜いているわたくしに、エマが苦言を言う。
軽口も軽く流されてしまった。
最初はエマと打ち解けられるか、不安だったけれど少しずつ距離を詰められている。
いや、少しずつではないかもしれないが、それはさておき。
感情表現が豊かで、今もわざとらしく呆れた表情をしている。
栗色の髪と同色の瞳、そばかすがチャームポイントだ。
その可愛らしさで、邸内で密かに人気を集めている。本人は気がついていないようだけれど。
エマは19歳。そろそろ結婚の話が出てもおかしくないのだけれど、浮いた話は聞いていない。
「エマはいいお相手がいるの?」
「どうしたのですか、突然」
「いえ、エマも19歳でしょう。結婚しても良い年齢だなと、ふと思ったの」
「私はお嬢様にお仕えできればそれで満足なので、結婚に興味がないですね」
即答だった。まあ、わたくしがとやかく言う権利はないのだけれど。
ああ、そういえば。殿下がパトリシア様に決めたのなら、わたくし達はお役御免ね。
殿下との顔合わせの時に、将来の側近、婚約者候補として集められたわたくし達。
あれはある意味、お見合いパーティーだ。本来であれば、あの中からわたくしのお相手を選ばないといけないのだろうけれど……。
困ったわ。殿下とダニエル様以外、あんまり覚えていないわ。
興味がなかったし、そもそも最有力の側近候補とは関わりがあったから知ろうとしなかったのよね。
いいえ、お父様にはずっと結婚はしないと言っているから、就職さえしてしまえば問題ないでしょう。
そうね。元々の予定通りにわたくしは、生涯独身を貫きましょう。
「エマ、わたくし学園を卒業したら、魔術師になるのよ。寮暮らしをしたいと思っているから、流石にエマは連れて行けないわよ?」
「えっ⁉︎」
エマはすごく驚いた表情をしている。
あれ、言ったことなかったかしら?
「お嬢様、それ本気なのですか?」
「ええ、ごめんなさい。言ったことなかった?」
「いいえ、確かに聞いたことはありますが……」
ではなぜ、そんなに驚いているのかしら?
首を傾げていると、エマは首を横に振った。
「私から言うことではありません。……お嬢様、私は一生お嬢様について行きますからね」
「えっと……」
すごく目力が強い。あまりの強さに、寮に入れば一緒に行けないことは言えなくなってしまう。
前々からうっすら思ってはいたけれど、エマはどうしてここまでわたくしを慕ってくれているのだろう。
正直、エマが専属侍女になってからは学園と邸の往復で、そこまで親密になれるものだとは思わないのだけれど。
「あの、エマ。気持ちは嬉しいけれど、どうしてそこまで言ってくれるのかしら?」
気になってしまい、質問をする。
「そうですね。確かに何かあったかと言うと、大きなことはないのですが……。何気ない日常でそう思えたと言うことです」
「……そう、ありがとう」
何気ない日常で、信頼を築けていた。
なんだか、それが嬉しい。
「さあ、そろそろ出ないと、のぼせてしまいますよ」
「そうね。あら、もうこんな時間なの? 大変、朝食に遅れてしまうわ」
思ったより長湯してしまった。
これから朝食だけれど、間に合うかしら。
「大丈夫ですよ。皆様、きっとゆっくり支度されているはずですから」
「ねぇ、エマ」
「はい?」
「ちゃんと良い人ができたら、言ってちょうだいね。今はわたくしを一番に考えてくれて嬉しいけれど、エマの幸せも大事なのだから」
「……そう言うとことですよ」
「え?」
「なんでもありません。私の幸せは、お嬢様の幸せですが万が一良い人に出逢ったら、報告しますね」
いつもは愛くるしいその表情が、お姉さんの表情になっていた。




