スタンホープ侯爵邸に入ります
スタンホープ侯爵領は、その血に連なる多くの者が水属性の使い手ということもあって、水源に恵まれている。
海は無いが、川、滝、湖などを基盤にして多くの自然に囲まれている。
それらを利用した観光地もあるし、農業による食物も豊富だ。
数年に1度程度に水害に見舞われることがあるけれど、当主と領民が力を合わせて乗り越えている。
とても、理想的な土地ではないだろうか。と、わたくしは思った。
そんな土地についに足を下ろす。
筋肉痛はまだあれど、もうなれてしまったので澄ました顔をして馬車から降りる。
家族皆揃って、侯爵邸の内部に入った。
「「おかえりなさいませ」」
出迎えてくれた、侍女や執事が揃って頭を下げる。庭師やシェフの姿もあるので、全員で出迎えてくれたらしい。
その様は鍛えられた軍部のように揃っていた。
「出迎え大義。これから1ヶ月、滞在することになる。今回は私だけでなく、妻、子供達も一緒だ。特に子供達は今まで顔合わせが無く、戸惑うこともあるかもしれないがゆっくり距離を縮めていけると嬉しい」
お父様の威厳のある声が、玄関ホールに響く。
使用人達が綺麗に揃った返事をして、庭師やシェフは持ち場に戻っていった。
侍女の一部はこちらにやってきて、荷物を持ってくれた。
「アルフィー様、ヘンリエッタ様、トミー様。お会いできて光栄にございます。これから1ヶ月と短い期間ではありますが、心地よく過ごしていただけるよう、使用人一同精一杯お支えさせていただきます」
「ああ、ありがとう。こちらこそ、今まで顔を出さなくて申し訳なかったね」
「皆様のご活躍はこちらにも届いておりますゆえ、誇らしい気持ちでいっぱいです」
お母様はお父様と一緒に行動するようだ。
「それでは、皆様が過ごされるお部屋にご案内いたします」
そう言って、案内された。
途中からお兄様、トミーと別れていく。と言っても部屋同士は近い。日当たりの良い場所を設定してくれたらしい。
「ヘンリエッタお嬢様のお部屋はこちらになります」
「ありがとう」
そう言って、部屋に入った。部屋は王都の邸に比べると、かなりシンプルだ。
けれど調度品は一級品が揃っていて、見窄らしさは感じない。
思わず、この部屋だけでいくらになるのかと想像してしまった。
王都の邸は生活が長いからこそ、いろいろなものがあると考えればこのくらいが妥当なのだろう。
荷解きは侍女に任せて、わたくしは正面にあるバルコニーに出てみた。
王都の景色とは違う、涼やかな風が頬を撫でる。
目の前に見える大きな湖が、光を反射してキラキラと煌めいていた。
「素敵……」
「気に入っていただけたようで、何よりです。朝方や夕方など、時間によって姿を変えるのでそこも楽しんでいただければ、幸いです」
「楽しみだわ。あなた達が邸を守ってくれているおかげで、このような素晴らしい景色が見られるのね。ありがとう」
そう微笑みながらお礼を言うと、話しかけてきた侍女は驚いたように目を少し見開いた。
しかし、すぐに笑って返す。
「いいえ、この景色はアレキサンダー様、そして、お嬢様も含めた皆様の存在があってこそ。しかし、そう思っていただけること、恐悦至極に存じます」
ふと気づくと、後ろにいた侍女も首を垂れていて驚く。
彼女達からは、溢れんばかりの敬意が感じ取れた。
(きっと、この邸を守っている方達は、‘’スタンホープ侯爵家‘’に仕えているのね)
王都のエマを含めた使用人たちは、‘’わたくし達‘’に仕えている。
それは、過ごした時間の長さによって距離が縮まった結果だろう。
しかし、顔を合わせる時間も少ない彼女達は、‘’わたくし達‘’ではなく‘’スタンホープ侯爵家‘’に仕えている。
広い範囲で見れば、同じこと。けれど根本の部分が少し違っている。どっちが良いとか悪いとかの話ではない。
彼女達はわたくしを知らないけれど、スタンホープ侯爵家の娘だから敬意を払ってくれている。
だって、彼女達にわたくしは何もしていないもの。
なるほど、きっとお母様はこのことも含めて言ってくれたのだろう。
それでも彼女達の期待をなるべく裏切りたくない。歴代の当主のためにも。
身が引き締まる思いがした。




