領地に着きましたわ
その後の旅程は特に特筆することは無かった。
わたくしのお尻が、振動による筋肉痛で悲鳴を上げていたけれどそれは置いておく。
お兄様の挙動不審な理由も、問い詰めることはできなかった。邸とは違って、2人きりにはなかなかなれなかったしお母様といることが多かった為もある。
もうこうなれば、何か変なことが起こらないことを祈るしかない。お兄様には、くれぐれも大人しくして頂きたい。
そんな風に考えていたけれど、領地に近づくにつれてそっちに気を取られるようになっていた。
領地に入ると、歓声が聞こえて驚いて顔を出す。
するとさらに歓声が大きくなったので、思わず引っ込んでしまった。
「あの方が、スタンホープ領のお姫様なのね! とっても美しいわ!」
「ちょっと、アンタが大きな声を出すから驚いて引っ込んでしまわれたじゃないか!」
「いや、俺のせいだけじゃないだろう⁉︎ 皆騒いでいるじゃないか!」
そんな声が聞こえてきて、どうすれば良いかわからずにお母様をみた。
そんなお母様は、綺麗な笑顔で外に向けて手を振っていた。
おお。これはお貴族様。
歓声もより、大きくなる。
「侯爵夫人もとてもお綺麗だ!」
「こちらを見てくださったわ! 私に手を振ってくれてるっ」
「いいえ! あれはアタシに手を振ってくれたのよ」
いや、アイドルかな?
それにしても、こんなにわたくしたち、というかスタンホープ侯爵家ってこんなに慕われていたんだ。
まさか帰ってくるのに、お迎えしてくれるなんて。
胸がジーンとする。この期待に自然と応えたくなり、わたくしも窓から顔を出して笑顔で手を振った。
「おおおおおおっ⁉︎ なんと可憐な方だっ! 女神なのか⁉︎」
「ああ、もう思い残すことはない……」
「この世の至福だわ……」
あ、あれ? 何人か昇天しかけてません?
後偶像を抱きすぎですわ。わたくしはただの小娘でしてよ。
「ふふふ。へティは人気者ね。一瞬で民を虜にしてしまうなんて」
「ちょっと、偶像を抱きすぎな気もしますわ」
「ええ、そうね。特にあなた達は領地に帰ったことはなかったから、期待が膨れ上がっていたのでしょう」
「その期待も、お父様やお母様、歴代の当主のおかげですわね」
「その考えが出来るのも素晴らしいわ。けれど、注意しなさい。彼らは偶像を真実と思い込んでしまっているわ。そこからズレた瞬間に、敵意を向けられることも珍しいことではないの」
やはりアイドルか。前世でも、必要以上に叩かれていることが多かった。
「肝に銘じておきますわ。けれどわたくしのこの生活は、民の努力の賜物。そのことは忘れません」
「流石ね。最後に一つ。へティが良いことと思ってしても、民から反感を買う恐れがあるわ。だから、全てを受け止めなくても大丈夫なのよ」
「はい」
それはどこの世界でも同じなんだな。
ふと、いたずら心が湧いて、お母様に尋ねた。
ちなみに、ずっと2人で手を振っている。歓声がとても賑やかだ。
「お母様が輿入れされる際も、このような感じでしたか?」
「少し違うかしら。やはり、値踏みのような視線も多かったわ。まあ一瞬で黙らせたけれど」
「そうですよね」
うん。知ってた。お母様はそんなこと、壁にもならないだろう。むしろ一瞬で虜にしている姿が容易に想像できる。
「でも、民と接することはいい刺激になるはずよ。先ほどはああ言ったけれど、楽しみなさい」
「はい、お母様」
そんな話をしながら進む馬車。やがて見晴らしのいい丘の上に、大きな屋敷が見えてきた。
ここがスタンホープ侯爵家の邸。王都の邸とデザインは統一しているらしい。
そのおかげもあるのか、初めての場所なのに懐かしささえ感じた。
この夏休み、たくさんの思い出を作りたいとわたくしの胸は楽しみで埋め尽くされた。




