お兄様が暴走してます
「お、お嬢様っも、申し訳っふふ、ありませんっ。ククッ」
「もうっ! 謝るなら笑いを引っ込めてちょうだい!」
「へティ、これはしばらく無理ね」
「お母様が原因ですのよ!」
「まあ。元はと言えば、へティの発言じゃない」
わたくしの文句に、お母様は飄々と答える。
くうぅ。悔しいですわ。
「3人ともどうしたんだい? 随分楽しそうだね」
「お父様!」
ちょうど、お父様たちも降りてきたようだ。3人とも疲れた様子は、ちっとも見せていない。
わたくし、貧弱すぎません⁉︎
「なんでもありませんわ」
面白くなくて、ぷいとそっぽを向いて答える。
お父様がキョトンとしていたけれど、お母様が耳打ちして察したようだ。
「なるほど。へティ、もしよかったら明日はもう少しゆっくり進むかい? 途中の宿も場所は把握しているんだ」
「いいえっ。このままでお願いしますわ!」
「そ、そうか」
冗談じゃないわ! わたくしのせいで全体が遅れるなんて!
プライドがズタボロですわ! 負けません!
そう思いながら、鼻息荒くお父様の意見を跳ね除ける。お父様はわたくしの勢いに驚きながらも、了承してくれた。
そんなわたくしを見ていたお兄様は、何を思ったのかこちらに両手を差し出してきた。
「……お兄様、その両手はなんですの?」
「え? こういう時は察してこっちに来るんじゃないの?」
「なるほど、お兄様はよほどわたくしを怒らせたいようですわね?」
「ああっ冗談だよ、へティ。ごめんって」
お兄様を完全に視界に外す。またお姫様抱っこしようとしたな。
今はわたくしのプライドを傷つけるだけだわ。
全く。
プリプリ怒っていると、流石にお兄様もまずいと感じたらしい。
「ごめんよ、へティ。僕は辛いなら無理しないほうがいいと思ったんだ。けれどそうだよね。外では良くないよね」
「本当ですわ。以前は邸の中ですから許容しましたが、ここは誰の目があるかもわかりません。お兄様、わたくしのクラスではお兄様は重度のシスコンと言われていますわ。それを全く関係のない土地でも、広めるおつもりですの? お兄様だけならまだしも、わたくしの外聞にも関わりますわ」
「はい、本当にごめんなさい」
わたくしの怒涛の愚痴に、お兄様は縮こまってしまう。
まあ、このくらいでいいでしょう。そう思い、態度を軟化した。
お兄様はホッとしたように息を吐いたけれど、その後ボソリと言った。
「重度のシスコン……か」
「兄上、ついでにブラコンも入ってますよ。安心してください」
「待って、何も安心できない。それは何も安心できないよ、トミー」
大事なことなので2回言いました。
思わず頭の中で謎のナレーションが流れましたわ。
まあ、今のトミーの発言はお兄様をさらに落とすものだから、仕方ないですわね。
「大丈夫ですよ。僕のブラコン具合も広めておいたので、兄弟仲がいいと思われるだけです」
「トミー‼︎」
お兄様は感激したのか、トミーに抱きついた。
おぉっと、すごく羨ましい。
いや何に?
どうやらわたくしは、限界まで疲れているようですわ。今の話の流れで、何を羨ましがったのか自分でもわかりませんもの。
その間にトミーが、落ちそうになっていますわ。
必死にお兄様の腕をタップしています。
「あ、あにうえっ……ぐ、ぐる、じいですっ」
「トミーはとてもいい子だなぁ。僕の自慢の弟だ」
残念ながら、お兄様にはトミーの懇願が聞こえていないようです。
あれ、不味くない?
トミーの顔は真っ青だ。
「お兄様っ! トミーが落ちますわ! いい加減に離さないと、永遠の別れになりますわよ!」
「はっ! トミーっ大丈夫か⁉︎ しっかりするんだ!」
「ふふ……。姉上と見たクレマチスが……たくさん」
「トミー‼︎」
わたくしの静止は遅く、トミーはヤバい幻覚を見ているらしい。
この辺りにクレマチスは咲いていないもの。
慌てるわたくしたちを、お父様とお母様は平和そうに見ていた。
いえ、トミー気絶していますから、平和ではありませんわ!




