馬車って色々凄いですわ
そして夏休みに入り、わたくしたちは領地に向けて出発した。
家族揃って行くのだけれど、馬車は基本4人乗り。なので、女性、男性と別れて2台で行くことになった。
家族以外にも、侍女や執事も乗ることになるから、ここは仕方がない。わたくしたちの馬車にはエマも同乗する。
4頭立てで、屋根付きの馬車だ。詳しくは知らないけれど、馬車はとてもお高い買い物になるらしい。
なので貴族は馬車を持つという風潮があっても、買えない貴族はいる。
スタンホープ侯爵家は、財力という面は問題がない。歴代の当主、そしてお父様の手腕のおかげだ。
そんな高級馬車に乗り込む。座り心地はいいけれど、やはり長時間乗るとお尻が痛くなりそうだ。
ちなみに、学園へ行くときは、もう少し簡素な馬車に乗っている。一体馬車だけで総額いくらになるんだろう。
少しゾッとしたので、それ以上考えるのをやめる。
せっかくなので、外の景色を楽しむことにする。
馬車で遠出は数えるくらいしかない。基本は登校だったり、王都内の移動でしか乗っていないので新鮮だ。
「お母様、領地まではかなりの道のりなのですよね?」
「ええ、そうよ。大体3日くらいかしら。休憩は適度に取るとはいえ、かなりの距離よ」
「そうなのですね」
確か、馬車の速度は1時間あたり6kmから11km。日程は早朝から移動を開始して、日が暮れる前に中継地点の宿に入る。
移動時間は10時間から12時間といったところかしら。となると、最大100km近くの移動に……。
おおう、想像したらなんだか既に疲れてきましたわ。
そんなわたくしの様子を見て、お母様はクスリと笑う。
「確かに大変だけれど、きっとへティは大丈夫よ。王都から出た事がないのですもの。何もかも新鮮に映るんじゃないかしら」
「はい」
その後は確かにわたくしにとって、新鮮なものの連続だった。
森の小道を通ったり、湖のそばを通ったり。動物たちもたくさん見る事ができた。
自然を感じるというのは、素晴らしい気分転換ね。
さらに、前世の自然とも違うことに気がついた。なんというか、物語の世界のような自然だ。どう違うのか、明確な言葉にできないけれど。
ただ、やはりお尻がだんだん痛くなってくる。
合間に休憩を挟んでいるので、なんとか堪えられているけれど、もうあまり長く持たない気がする。
「あらあら。そろそろ辛そうね」
「お母様はまだまだ余裕そうですね……」
「久しぶりではあるけれど、ヘティよりは慣れていますからね。けれどへティも頑張っているわよ。やっぱり、日頃のトレーニングの成果じゃないかしら」
「それは嬉しいですね。では最近サボってしまったので、できていたらもっと楽だったのですね。わたくし、決めました。領地についたら、筋トレ頑張りますわ」
「まあ、良いわね。けれど色々あるだろうし、時間は取れないかもしれないわね」
「何があるのですか?」
「視察だったり、よ」
なんだろう、他にもありそうな言い方だ。けれどウインクしていたお母様なので、それ以上は教えてくれなさそうだ。
そして陽が隠れる少し前に、本日の目的地にたどり着いた。
わたくしのお尻は限界だ。今ならお尻が4つになってそう。
なんとか馬車から降りて歩くけれど、明らかに歩き方がおかしいと思う。
そして涼しい顔のお母様とエマ。エマまですごいわ。
「お疲れ様、へティ。ゆっくり休みましょうか」
「お母様とエマは、なぜそんなに余裕そうなんですか」
「まあ、わたくしとエマも疲れたわよ? けれどそうねぇ。今まで長時間馬車に乗った事がないのだもの。しょうがないと思うわ」
「エマは乗り慣れているの?」
「私は実家が地方なので。その際は乗合馬車になりますし、もっと乗り心地が悪いのです。スタンホープ公爵家の馬車は快適ですね」
「すごいわ」
もう、素直に凄い。これより乗り心地悪かったら、わたくしは耐えられない。
「これが箱入り娘ですの……?」
思わず呟くと、2人に笑われてしまう。
「箱入り娘だけれど、馬車という箱には弱いみたいね?」
そのお母様の言葉が、妙にツボに入ってしまったのはエマだった。
エマが必死に笑いを止めようとするけれど、止まらない様子を思わず恨めしげに見てしまったのは許してほしい。




