好きで矢面に立っているわけではありません
翌朝。今日はいい天気だ。雲ひとつない青空が広がっている。
馬車に揺られながら、そんなことを思った。
「姉上、大丈夫ですか? まだ体調が思わしくないです?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ、トミー」
トミーに心配されてしまった。今日は久しぶりに3人で登校しているのに、勿体無いわ。
昨日の件のおかげというかなんというか、緊張はしていない。なんとなくあったトミーとの距離も、元に戻ったように思う。
「体調に問題ないとはいえ、このところ色々あるから心配だね。今日は教室まで送らせてもらうからね」
「わかりましたわ」
お兄様が決定事項として、宣言している。
こう何度も色々あると、そうなってしまうのは仕方がないだろう。
特にお兄様がいないときに限って色々あるのだから、お兄様の心労は如何ばかりか。
「なんなら、教室までお姫様だっこでも――」
「それ以上言いましたら、お兄様を置いて教室に行きますわよ」
「冗談だって」
わたくしの心配を返してほしい。
実の兄とはいえ、昨日も心臓に悪かったのだから。
やはりイケメンはずるいわ。破壊力がすごいわ。
「僕も隣のクラスですが、やはりこっちに情報来るのに遅れますからね。姉上は学園に入学してから別の意味で目が離せませんよ」
「わたくしが望んでいるわけではないのだけれど……」
でも本当、まだ入学して半年も経っていないのに色々あり過ぎだわ。
もしかしたら、乙女ゲームの舞台だからという理由かもしれないけれど。
それならメアリー様中心じゃ?
ああ、流石に今日は平和に過ごしたいわ。
◇◇◇
お兄様とトミーが護衛となって、教室に送ってくれる。
既に教室にいた、メアリー様とパトリシア様が近づいてきた。
「おはようございます。パトリシア様、メアリー様。昨日はご迷惑をおかけしましたわ」
「おはようございます。まあお互い災難でしたわね」
「おはようございます。私、ほとんど何もできなくて……すいません」
2人も少し疲労が溜まったような表情をしている。無理もないだろう。お偉いさんと話したのだから、いくらなんでも緊張するなとは無理な話だ。
「メアリー様はわたくしがくる前に、彼女たちを嗜めようとしてくれたそうではないですか。感謝しておりますわ」
「ええ。わたくしはほんの少ししか状況を理解しておりませんでしたが、メアリー様が答えてくださいましたわ。おかげで状況も整理できましたし」
「お2人とも……ありがとうございます」
メアリー様の目が潤んでいる。やはり結構な負担だったようだ。
「それでは、お兄様、トミー。ありがとうございました」
「また昼休みには迎えに来るよ」
「僕も休み時間ごとに、様子見にきますね」
「……はい」
一瞬、反射的に反抗してしまいそうになったけれど、なんとか飲み込む。
ここは大人しく従います。
「教室ではわたくしとメアリー様に任せてくださいな」
「が、頑張ります!」
「ふふ。頼もしいな。それじゃあ頼むよ」
そう言って、お兄様とトミーは自分のクラスに向かっていった。
「……わたくし、守られるばかりではありません?」
「違いますわね。ヘンリエッタ様が矢面に立つから、突っ走らないようにという配慮ですわ」
「これだけは言わせていただきますが、わたくしは好きで矢面に立っているわけではありませんわ」
「ええ。一部はそうですわね。けれどなんの因果かはわかりませんが、ヘンリエッタ様がそういう役目を負っているんですもの。毎回気を揉むこちらの身にもなっていただきたいですわ」
「そんなこと言われましても」
昨日の朝はあんなにパトリシア様との会話を緊張していたのに、今はいつも通りに会話できている。
そんなことを思って、心の中で安心した。
そんな時、メアリー様が声を顰めて言った。
「実は彼女たちのことで、思い出したことがあるのです」
「思い出したこと?」
「はい。前世との話です」
「……詳しく聞かせてください」
わたくしとパトリシア様はメアリー様の声を聞き取るべく、身を寄せ合った。




