お父様、こわいですわ
暖かい。何かに包まれているような安心感。
特に左手が暖かくて、そこから染み渡っていくような。夢見心地のまま、ゆっくり視線を動かす。
ここは何処だろう。
体はまるで別のもののように、動かない。それでも不快に感じることはない。
揺蕩う感覚に身を任せて再び目を閉じようとした。けれど、左手が今度は熱く感じる。
まるでダメだというように。
誰かが呼んでいるのかしら。ああ、行かなくちゃ。わたくしを呼ぶ方へ。
そう思うけれど体は動かなくて。今度は抗えずに、再び沈んでいった。
◇◇◇
「ん……」
目を開けると、見慣れた天井があった。
体が重いけれど、動けないほどではない。
起き上がって、ゆっくり周りを見渡す。
(ここは、わたくしのお部屋? なぜここに? というか暗いけれど、今何時かしら?)
そんなことをぼんやり思っていると。
「お嬢様、目が覚めたのですねっ」
「エマ……」
「お嬢様は魔力欠乏状態になって、学園から早退したのです。今まで意識を失っていらっしゃったのです」
「ああ、思い出してきたわ。今までそばに居てくれたのね。ありがとう」
「いいえ。先ほどまでお見舞いの方々がいたので、私の時間はそれほど長くありません。旦那様や奥様にも伝えてきますね」
「お願いね」
エマはそのまま退室した。まあすぐに騒がしくなるだろうから、束の間の休憩か。
それにしても情けないわ。あのまま気絶するなんて。トミーがうまく隠してくれたんでしょうけれど……トミーにもお礼を言わなくちゃ。
と、静かに扉がノックされた。
入室を許可すると、お父様とお母様が入ってくる。
珍しい。お父様は間違いなく暴走気味になると思ったのに。案外冷静だわ。もしかして、ここのところ色々あったから耐性がついたのかしら。
「へティ、体調はどう? 一応医師にも診てもらって、問題ないとは言われたけれど」
「はい、お母様。少し怠いくらいで、特に問題はありませんわ」
「もう。学園は色々体験することが増えるけれど、ヘティの場合は体験しすぎではないかしら。もう少し手加減してもいいのよ?」
「わたくし、好きで色々な体験をしているわけではないのですが……。ですが、度重なるご心配をおかけして申し訳ありません」
ここでわたくしは、内心嫌な予感がした。お父様が一言も言葉を発しない。
お父様と目が合う。全身に鳥肌が立った。
「へティ。トミーから話は聞いたよ。大丈夫だ。気にすることはない。既にディグビー公爵家と合同で、学園に報告している。今回のことは爵位云々の前に、人としての品性の話だからね」
「まあ、流石お父様ですわ。……ところで、わたくしはどのくらい眠ってしまっていたのでしょう?」
「まだ今日の朝の話よ。日付は跨いでいないわ」
「そうなのですね」
お父様、瞳孔開ききっているのですが。すごい狂気を感じる。
「それで各家にも、連絡させてもらったよ。そのような教育をする親御さんがどのような人たちか見ておく必要があるからね」
「……えっと、まだお会いするのはこれからですわよね?」
「もう終わっているよ。いやぁ、動きは早かったようだ。すぐに学園に飛んできて、謝罪してきたよ」
早い。対応が早すぎる。わたくしの出番必要なかったわ。むしろ、余計なことしかしていないかも。
「向こうとしては、謝罪で済ませようとしたけれどね。むしろこの年齢までマナーが染み付いてないのは社交界で生きていくには不向きだから、領地に戻ってはどうかと助言してあげたよ」
「わたくしが寝ている間に、色々進行しすぎですわ」
「さらにはディグビー公爵も夫人もお怒りでね。もう彼女たちは退学するしかないんじゃないかな」
「え」
すごい大事になってる。大事にしたのは元を辿ればわたくしか。わたくしなのか?
そんな心を読んだかのように、お母様は微笑んで言った。
「へティが原因ではないわ。元はと言えば、情報収集不足でやってきた彼女たちの落ち度よ。自分達で地雷をセットして、自分達で思いっきり踏んでしまっただけ」
「それはそうかもしれませんが……。わたくしがいうのも可笑しいですが、学園は平等ですよね? 結局どう転がっても、今回のことは学園の規律に反するのでは?」
「そう、平等だからこそ、このような陰湿なことに抗議をしたまでだよ」
お父様は、口元だけを笑みの形に歪めた。




