サンドバッグになる覚悟はできておりまして?
かなりヘンリエッタが荒ぶっています
さて。今わたくしはお兄様と別れて、教室の前にいます。
心臓がドキドキ音を立てていますわ。今までこんなことなかったのに、自分の小心者っぷりに驚いておりますの。
けれどここで帰れば、家族から怪しまれることは確実。失敗は許されません。
(わたくしは淑女、淑女、淑女……)
必死に心の中で念仏を唱えて、大きく深呼吸する。
意を決して、中に入った。
なぜか教室に入った瞬間、注目を浴びる。
まさか、昨日のことがもう知れ渡って……⁉︎
と思ったのも束の間。
あまり交流のない方々から囲まれた。その表情は、尊敬に満ちている。
「おはようございます、スタンホープ侯爵令嬢」
「テストの結果、拝見しましたわ! 首位獲得おめでとうございます」
「まあ、皆様。ありがとうございます」
あ、そっちか。そうだよね。よかったぁ。
テストのことは再び、銀河の彼方に行ってしまっていたわ。
取り囲まれたのに納得はしたものの、次の言葉で奈落に落とされることになる。
「やはり、殿下の婚約者にはスタンホープ侯爵令嬢がふさわしいですわ!」
「ディグビー公爵令嬢も、頑張っておられましたけれど5位ですもの。スタンホープ侯爵令嬢とは差が開いています!」
「……」
わたくしの様子が変わったことに、取り囲んでいる人は気がつかない。
視界の端で、真っ青なメアリー様を見つけた。オロオロしているのが目に見えてわかる。
メアリー様は後でフォローするとして、今はこの脳内お花畑もなんとかしましょうか。
わたくしは顎に指を添えて、思案するような表情を作る。
「あら、おかしいですわね。確かにわたくしが首位でしたけれど……女性の中で次に高得点を叩き出したのは、パトリシア様でしたわよね?」
「ええ、そうですわねっ」
「では、あなた方は?」
「え?」
わたくしの質問が理解できないのか、首を傾げる令嬢。あれ、そういえばこの人って特進クラスの生徒じゃないような。
ああ、そうだ。よく見たら、同じ特進クラスの生徒も顔を青くしているわ。
流石に優秀な方々だから、わたくしの様子が変わったことに気がついているようだわ。
「そもそも、あなた方。特進クラスの生徒ではありませんわね? 我が物顔で教室を占拠してますけれど、わたくしの知らない間にクラス替えでもあったのかしら?」
「それは……」
「ああ! それにあなた方をわたくし、存じ上げませんわね! 同じクラスであれば、流石に顔は皆様知っていますもの」
取り巻いている人たちの一部は、なんとなくよくない方向へ行っていることに気がつき始めている。
「で? 質問の続きですわ。貴女、テストは何位でしたの?」
適当な令嬢をさして、問う。その令嬢は顔を真っ赤にして、無言になってしまった。
その姿が答えだ。
「まあ、答えられないということは、上位50名にすら入っておられないのかしら。それなのに、我がナトゥーラ王国筆頭貴族であるディグビー公爵家に喧嘩を売ってますの?」
「あっ」
「学園では平等であるとはいえ……そもそも人を貶めるなんて、貴族の風上にも置けませんわね」
笑みを消して、冷たい目で見つめる。それだけで、何人かは怯んだようだ。
みっともな。これだけで怯えるなら、そもそも喧嘩売って来んなよ。
けれど、自分の立場を理解できていないお馬鹿さんが勇敢、いや、無謀にも声を張り上げる。
「スタンホープ侯爵令嬢! 聞いてくださいませ! わたくしたちは、殿下の婚約者はスタンホープ侯爵令嬢がお似合いだと心から思っております!」
「それで?」
「ディグビー公爵令嬢なんかよりも、スタンホープ侯爵令嬢のバックアップに就きたいと考えております! 聡明な貴女なら、わたくしの意を汲んでくださると信じていますわ!」
目の前が真っ赤に染まる。
こいつ、正真正銘の馬鹿だわ。わたくしにそんなことを言って、タダで済むと思っているのかしら。
いいえ、だから馬鹿なのだわ。わたくしとパトリシア様の関係を知っていたら、こんなこと考えもしないはずだもの。
正直、昨日からのことで、ストレスフルなのよわたくし。寝不足だし、頭も重いし。なんなら情緒不安定だし。
口調が荒れるだけ、可愛いものだと思って欲しいわ。
礼儀のなっていないものに、礼儀を重んじる必要はないわね。
せっかくだし、八つ当たりのサンドバックになっていただきましょう。




