すっかり忘れていましたわ
朝食の席にはすでに、お父様とお母様が着席していた。
お父様は侯爵家当主としての仕事が多く、忙しいのに食事の時間は必ず一緒に摂ろうとする。
本当、理想的な父親だと思う。ちょいちょいポンコツなのも、もはやチャームポイントになっている気さえする。
わたくしはお父様とお母様に、まずは謝罪をする。
「おはようございます。お父様、お母様。そして昨日は不作法に夕食の席を外してしまい、申し訳ありませんでした」
「おはよう、へティ。体調は大丈夫なのかい? まだ本調子でないようなら、学園はお休みしたほうがいいのではないかい?」
「いいえ、お父様。一晩寝て、体調は回復しました。学園に行けますわ」
「本当に?」
そう言ったのは、お母様だ。ヤバい。すっごい見られている。
そう、心の内を見られている。たらりと背中に冷や汗が流れる。けれどここで弱みを見せてしまうと、お母様の思う壺だ。
「はい。ご心配をおかけしまして、申し訳ありません」
背筋を伸ばして後ろめたいこと、悩んでいることなんてありませんとアピールをする。
一瞬間が空いたあと、お母様は微笑んだ。
「そう。なら良いの。そんな日もあるでしょう」
よし。なんとか乗り切った。いや、ここで安心はできないけれど。こういう時お母様は、2人の時間をさりげなくとって相手が話しやすい雰囲気を作る。
だから問題は放課後、もしくは休日だ。油断はしないようにしよう。
「トミーはまだですか?」
「トミーは今日、早めに学園に行きたいともう出て行ってしまったよ」
お兄様の問いにお父様が答える。
なんでも学園の図書館で調べ物があるらしい。このところ、2人で会話していないから寂しい気持ちになる。
あ、油断すると涙腺が緩みそうだわ。感情が本当に、不安定になっている。落ち着かないと。
「そうなのですね。トミーも学園に入学して、どんどん成長していますね」
「そうだね。私から見ると、アルもへティもあっという間に成長しているよ」
そんな会話をしながら、朝食を摂る。昨日の夕食も食べていないけれど、あんまりお腹は空いていない。
そんなに精神的ダメージが来ているのかと、内心自嘲しながら食事を口に運ぶ。
いつも通りにしないと、すぐに気づかれてしまうから。
間違いなく、お母様は気づかれていると思うけれど。
「そうだ。昨日できなかったけれど、夕食は皆がテストを頑張ったご褒美ということで夕食を少し豪勢にするつもりなんだ。2人とも、今日の予定は大丈夫かい?」
そうだ。テストあったんだった。もうすっかり忘れていた。
一応、そう一応首位をとったのに。本来なら喜ばしいことなのに、頭の片隅どころか銀河の彼方に出て行ってしまっていた。
「今日はまだ生徒会の仕事もないので、すぐに帰れると思います」
「わたくしも特に予定はありませんわ」
「よかった。トミーも大丈夫ということだし、今日やろう」
「はい」
テストのご褒美なんて、普通の家族みたいだ。なんというか、貴族らしくない。
特にわたくしたちであれば、上位の成績を取ることが当たり前みたいな空気がある。
けれど、そういう風にしてくれるのはとても嬉しい。
楽しみだな。
そして朝食が終わり、お兄様と学園に向かう。
「そういえば、お兄様はテスト結果はどうだったのですか?」
「僕は首位を取っているよ。へティも聞いたよ。初めてのテストで首位を取るなんてすごいじゃないか」
「いまだにその件は、何かの間違いだったと思っているのですが」
「ははっ。まあ、殿下とダニエル様の上に立つなんてね。確かにびっくりするね」
いや、本当に。殿下は言わずもがな、ダニエル様は次期宰相候補として、並々ならぬ努力をしているはず。
そんな2人を差し置いて、わたくしが首位? それに関しては一晩経った今でも信じられない。
「トミーも優秀だったね。優秀な妹、弟に負けないように僕も頑張らないとな」
「お兄様に追いつける日なんて、それも想像できませんわ」
「結構僕も必死なんだよ?」
「ではお互い頑張りましょうね」




