情けないですわ
気がついたら、小鳥の囀りが聞こえた。カーテンを閉めていなかったので、朝日が入ってきてまぶしい。
頭が痛い。体も鉛のように重かった。
なんとか体を起こす。泣いたまま寝たせいで、水を体が求めていた。
ベッドサイドに置いてある水差しに手を伸ばす。コップに水を入れて、一気に飲み干した。
まだ頭は痛いけれど、少し楽になった。
「はあ……」
大きくため息を吐いたのは水が染み渡るからか、自分の心情のせいか。今は後者だろう。
外を見ると、眩しかった割にはまだ夜が明けたばかりのようだった。体のコンディションのせいで、眩しく感じたのかもしれない。
まだ時間がある。今日も学園に行くので、気持ちを整理したい。休みたいという思いがないわけではないけれど、休んだらメアリー様とダニエル様が察してしまう気がするし、行かないと。
あの2人には、わたくしの様子がおかしかったことは知られてしまっている。どう頑張っても、誤魔化せないだろう。
「情けない……」
ポツリと溢れた言葉に、自嘲してしまう。意図せずして出た言葉だけれど、本当にその通りだからだ。
それでももう、涙は出なかった。
昨日。殿下がパトリシア様を呼ぶまで、わたくしは本気でパトリシア様を応援していた。
本気で。自分は殿下を慕っていないと思っていた。むしろ避けていたのに。それがこの有様だ。
パトリシア様やメアリー様のいう通り、気がついていなかった。その話を聞いた時も‘’あり得ない‘’と本気で思っていたのだ。
ポンコツにも程があるだろう。確かに今世では恋愛経験はないけれど、前世ではあるのに。記憶が曖昧であることの弊害か。
けれど今なら分かる。自分でも気がついていたんだ。その時のわたくしは、色々な理由を必死でつけて誤魔化していたけれど。
それをわたくしにとっては、最悪な形で思い知らされたわけだ。アホだ。
しかもここまでショック受ける? こんな一晩泣き明かすなんて。自業自得だわ。
なんなら殿下とパトリシア様の方が枕を濡らしてるわ。わたくしの対応を思い出しなさい。ひどいにも程があるわよ、ヘンリエッタ。
「あぁ……。穴を掘って埋まりたい」
穴があったらなんて、受け身ではない。もはや自分から埋まりたい。
けれど土属性の魔術は使えないし、スコップで掘ろうにも今のわたくしでは無理だ。きっと小動物も入れられない。
情けない。
そんな風に自己否定を繰り返していたけれど、途中ではっとなる。というか、わたくしはパトリシア様と普通に話せるのかしら、と。
絶対に、絶対にこのことで傷つけたくない。だってパトリシア様は、わたくしを応援してくれていた。
パトリシア様はきっと今のわたくし以上に、何度も傷ついたはず。ずっと悩んでいたし、話をしてくれた時のパトリシア様は本当に痛々しかった。
それでも表面上は普通にしてくれていた。わたくしを気遣っていてくれた。
ならば、わたくしも自分のことばかりではいられない。
「コンセプトは変わらないわ。今まで通りパトリシア様を応援しましょう」
まさか自覚した瞬間、失恋するなんて。いえ、失恋した瞬間、自覚したのね。どちらにしてもお間抜けだわ。
そんなことを周囲に悟られてはいけない。特にパトリシア様と殿下には。
あの2人には、本当に迷惑をかけてしまった。そんなわたくしが、決断した2人を邪魔するわけにはいかない。
その練習も何度もしている。淑女教育はこんなところで役に立つなんて思わなかったけれど。
使えるものは、なんでも使わないと。
関係が深いパトリシア様にも、悟られないように。大袈裟にかつ、慎重にしないと。些細なことで気がつかれてしまうだろう。
絶対に、悟らせない。
「わたくしなら出来るわ。由緒正しき、スタンホープ侯爵家の長女ですもの」
お父様とお母様のためにも、情けない姿を世に晒すわけにはいかないわ。
これは戦いよ。




