自覚してしまいました
その日、殿下とパトリシア様が戻ってくることはなかった。
そのまま帰る時間が来てしまったので、帰路に着く。
今日もメアリー様を寮まで送ろうとしたけれど、2人に止められて先にわたくしが帰ることになった。
ダニエル様はわたくしを見送ったあと、メアリー様を送っていくらしい。二度手間なのに。
道中もメアリー様とダニエル様が、何かを話していたようだけれどあまり頭に入ってこなかった。
ただ生返事をしながら、馬車を停めている場所に着く。
「それではメアリー様、ダニエル様。また明日」
「……お気をつけて」
「ヘンリエッタ様……その……」
何かを言おうとしているメアリー様だけれど、結局言葉にならないようだ。
わたくしはダニエル様に向き合う。
「ダニエル様、メアリー様をしっかり送ってくださいね」
「はい。……ですが貴女の方が心配なのですが」
ダニエル様にまでそんなことを言われるなんて、わたくしそんなにひどい顔をしているのかしら。
そもそも何故こんなふうになっているのかしら。
頭に靄がかかっているようだ。
「わたくしは大丈夫ですわ。馬車に乗れば、あとは邸まで安全ですし」
「そういうことではなくてですね」
ダニエル様も考えあぐねているようだ。珍しい。
けれどあまりにも2人が何も言わないので、そのまま別れた。
馬車が動き出す。ガタゴト揺れる馬車に身を預ける。
目を閉じて、身のうちにある感情を整理しようと努めた。
通常、殿下と婚約者候補が2人きりになることはない。
それは殿下のアピールだ。今は婚約者に決定する者はいないという無言のアピール。
わたくしは殿下とは2人きりになったことは、何度かある。しかしそれは基本的に誰にも知られていない状態で、だ。誘われたことはない。
いや。誘われたらのらりくらり避けていたので、それは致し方ないことかもしれない。
それでも今回は、わざわざ他人の目があるところで殿下が誘った。いつもならお目付役として、ダニエル様も連れていくのに。
それが示す意味は――。
そこまで考えたところで、馬車が止まる。そして御者が扉を開けた。
邸に着いたようだ。御者にお礼を言って、部屋に戻る。
エマに夕飯はいらない。少し考えたいことがあるから1人にしてほしいと伝える。
変に体調不良というと、お父様とお兄様がすっ飛んでくるから。こういえば、飛んではこないだろう。
せめて部屋着に着替えてください、というエマに促されて着替える。
そしてエマが退出するのを見送り、ベッドに倒れ込む。
思考はまだ止まらない。
そうして考え続けて、わたくしは1つの答えを導き出す。
(殿下は婚約者を、パトリシア様に決めたのね)
やっとだ。ずっとパトリシア様を応援してきた。
パトリシア様が努力してきたことを、隣で見てきた。その努力が報われたのだ。
喜ぶことだ。わたくしが望み続けたことだから。
なのに。
(胸が痛い。息の仕方も分からない。苦しい)
シーツを握りしめる。指先が白くなっていても、なんの慰めにもならない。
目から熱い液体が溢れている。
何故。この涙はなんだ。
身を切るような喪失感はなんだ。
おかしい。これはわたくしが望んだ結果のはずなのに。
そうなるように、動いてきたはずなのに。
ああ、パトリシア様たちがいう事は正しかったのか。
そんなはずはない。認めたくない。
けれど、体が、感情が全身で叫んでいる。
――殿下のことが好きだと――
失って初めて気がつくなんて、滑稽じゃないか。なんてお笑い種だ。
こんな間抜けな話はない。
昨日まで、本気でパトリシア様と殿下をくっつけようとしていたくせに。
あまりの愚かさに笑いたくなった。けれど、口からこぼれるのは嗚咽だけ。
そのまま気絶するように眠りに落ちるまで、わたくしは嗚咽を噛み殺し続けた。
ここまで想像以上に長くなりました……!
きっとこれからも長くなりますが、気長にお待ちください!




