クッキー事件⑤
殿下のとんでも発言に、完全に思考がフリーズしてしまう。何言ってんのこの人。
そんな隠すことすらしないわたくしの表情に、殿下は嬉しそうにするだけ。
「ヘンリエッタ嬢も、パトリシア嬢とメアリー嬢が何か企んでいるのは気がついていたんだろう? それを黙認していたのだし、期待しているのだと思ったよ」
「確かに何か企んでいるのは感じていましたが……。待ってください、もしかして」
「きっと先日の出会い頭の衝突も、計算されていたんじゃないかな? たまたま、と言えるかもしれないけれど、あの時直前に魔術が行使された感覚があった。どういう魔術を使ったのかはわからないけれど、それで引き起こされたとしてもおかしくないんじゃないか」
「そういえば、あの時お2人でコソコソ話されてましたわ。けれど、今回は……確かに発端はメアリー様でしたね」
思い出せば、急にメアリー様がうちのクッキーを食べたいと言い出したんだった。そこから話が広がったけれど……待てよ?
「……殿下、貴方もグルなのではないですか⁉︎ そもそもお2人の企みは、殿下が動きませんと成立しませんもの! 皆様でわたくしをからかおうとしたのですね⁉︎」
「それはあり得なくもない話だけれど、誓って僕は何も知らないよ。クッキーは本当に気になっただけだし。そうだね、僕を誘導できたパトリシア嬢とメアリー嬢の手腕に拍手といったところじゃないかな。思わぬ返り討ちにあったようだけれど」
害意はありませんよと、主張するように手のひらをコチラに向ける殿下。
雰囲気は事実だと言っているけれど、油断はできない。なんて言ったって、わたくしより人心掌握に長けているし、計算高い殿下だ。
これすら計算である可能性は否定できないのだ。
わたくしの警戒が解けないことに、殿下は苦笑している。いえ、貴方の日頃の行いもありますからね。わたくしの中では腹黒認定していますもの。
「信用されてないなぁ。仮にも死地を乗り越えた仲だろう? もう少し信じてくれてもいいんじゃないか?」
「殿下が有能だからこそ、信用できませんわ。わたくしを手のひらで転がすことなど、容易いことでしょう?」
「褒められているのか、よくわからないな。それにヘンリエッタ嬢を手のひらで転がすことができる人間なんて、そうそういないだろう。君は転がされるより、転がす方じゃないか」
「まあ。殿下ともあろうお方が、随分と弱気ですのね。狭い世界で生きてきた令嬢より、もっと狡猾な方々を相手取ってきたのでしょう?」
それこそ、自分より年齢の上の貴族なんかがいい例だ。そちらの方が何倍も、面倒臭いはずだ。
わたくしはまだ、正式なデビュタントも迎えていないお子様なのだ。
王族であるならば、よりそう言った世界で幼い頃から戦っているはずなのに何を言っているのか。
「まあ、よく言うじゃないか。惚れた方が負けだと」
その言葉を聞いた途端、自分の選択を間違えたことを悟った。
あの感覚だ。しばらく鳴りを潜めていた、捕食者の空気。
「パトリシア嬢が何を考えているのか、僕はまだ完全には理解できていない。けれどこれに乗っからないという、臆病者になるつもりはないんだよ」
今回は以前のように、物理的に追い詰められたりはしていない。なのに、わたくしは逃げる事ができない。
先ほど掴まれた手首に、指先に。ジンとした痺れが走る。
まるで全力疾走したように、心臓が暴れている。
「ははっ。そんな顔されると……期待しちゃうな」
動けない間に、殿下はわたくしの目の前まで移動していた。
腰に手を回されて、もう片方の手は顎にかけられる。
カーマインの瞳から目が逸らせない。
逃げないといけないのに。抵抗しないといけないのに。
わずかに残った理性が、警鐘を鳴らしている。
しかし、わたくしは近づいてくる紅を受け入れるように眼を閉じた。
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