クッキー事件③
「それで? ヘンリエッタ嬢は次はどのようなクッキーを食べさせてくれるのかな?」
意地の悪い笑顔を浮かべながら、これまた意地の悪いことを言う殿下。
一瞬イラッとしたけれど、表情は変えない。そのまま一枚クッキーを手に持って割り、ナプキンの上に置いて渡した。
残念そうにする殿下だけれど、貴方、ここどこだと思ってやがんですか。一部貸切なだけで、頑張れば覗かれることもゼロでは無いのに。
変な噂が立ったらどうしてくれる。
そう思いながら、割ったクッキーを口の中に入れた。
今度はジャムが挟んであるクッキーだ。ダニエル様はドライフルーツと言っていたから、ジャムは大丈夫だろうと入れてもらった。
ジャムの甘酸っぱさが、ささくれだった気持ちを落ち着かせてくれる。
「さあ、皆様。このように毒はありませんわ。どうぞ召し上がってくださいな」
「こ、こんな状態で食べろと言うのか、君は……」
そのダニエル様の言葉に苛立ちが頂点に達したわたくしは、クッキーを摘んでダニエル様の口元にズイと差し出した。
「へ、ヘンリエッタ嬢?」
「ダニエル様、いくら楽しみにしていたからと言ってこんなことまで要求するなんて……。うふふ、わかりましたわ。食べさせて差し上げましょう」
わたくしの座った目と、オーラに焦り始めるダニエル様。
もう遅いですわ。
「い、いや。そんなことは言っていない!」
「遠慮することはありませんわ。こういうシチュエーションに憧れているのでしょう? わたくしが再現して差し上げますから、どうぞ楽しんでくださいまし」
「どんなシチュエーションだっ」
「もちろん、毒味からの‘’アーン‘’でしょう?」
「必要ない‼︎ しかも今、毒味をしていない――はっ」
わたくしの笑みがヤバい方向で深まったのを見て、ダニエル様は失言を自覚したようだ。
「あら、申し訳ありません。わたくしったら、確かに毒味はまだでしたね。では」
そのままクッキーを齧り、あらためてダニエル様の口元へ差し出す。
「どうぞ?」
ダニエル様はついに椅子から立ち上がって逃げようとするけれど、そんなことで逃しはしない。わたくしも立ち上がり、その姿勢のまま追いかける。
あっという間に壁際に追い込むことに成功する。それでも中々口を開けないダニエル様。
「ダニエル様、往生際が悪いですわよ? このわたくしに恥をかかせるおつもりですの?」
「恥をかきに来ているの間違いだろうっ」
「あらひどいですわ。わたくしは、ダニエル様の要望通りにしようとしているだけですのに」
必死に抵抗するダニエル様。その狼狽えぶりで、少し溜飲が下がった。
こっそり周りを見ると、パトリシア様は再び魂がどこかに行ってしまったようだ。
メアリー様は口元を押さえている。あら、わたくしったら良いところを掻っ攫ってしまうところでしたわ。
一旦、ダニエル様の口元に固定していた手を下ろす。
訝しげな表情をしているダニエル様に、とびっきりの笑顔で提案してやった。
「残念ですわ。わたくしではダメですのね。ではメアリー様でしたら、断れないでしょう?」
「は?」
「へ、ヘンリエッタ様?」
「さあ、メアリー様。やってあげてくださいな。ダニエル様がお待ちかねですわよ?」
「ヒィっ⁉︎」
わたくしは笑みの種類を変える。正しく読み取ったメアリー様は、怯えたような声を出した。
いつもなら「そんなの無理です!」と恥ずかしがるメアリー様だけれど、今回はわたくしの‘’やれ‘’という無言の圧力に怯えている。
けれどもうわたくしは、我慢ならない。
わたくしは真面目に毒味をしたと言うのに、そんな反応をされるなんて。確かに間接キスという状態になってしまったけれど、周りが騒がなければこんなふうにならなかったと言うのに。
仮面を被るのが常な紳士淑女として、あるまじきことですわ。
友人としてでしたら、仮面を被る必要がないと言うのもわかりますが。もうそのことはポイですわ。ポイ。
そんなことを考えながら、さらにメアリー様への圧力をかける。ついでにダニエル様にも。
ここで逃さねぇよ? メアリー様が恥かくぞ? と品性のない言葉も無言で添えながら。
メアリー様は半泣きで、クッキーを手に取った。




