クッキー事件②
お茶の準備もして、各々席に着いた。
まずは慣例に倣って、持参したわたくしが毒味を兼ねて先に食べる。
と、そこでふと思い出した。そういえば、王族の毒味は同じ皿から食べるはず。実際、一緒に昼食を摂る時はわざわざ毒味役の方がきて、一口ずつ食べて行く。最初は驚いたけれど、もう見慣れた風景だ。
今日出すクッキーなんてものは、個別に毒を仕込むことも可能だ。スタンホープ侯爵家は、王家に忠義を誓っているのでシェフ達も毒を仕込むなんてするはずが無い。けれど、そう言った思い込みは過去の歴史で何度も覆っている。
なのでしっかりと、害意がないことを証明する方が良いだろう。
そう考えたわたくしは、一枚クッキーを持つ。選んだのは、砂糖の代わりに蜂蜜を混ぜ込んだクッキー。
一口齧り、飲み込む。優しい甘味で、とても美味しい。やはりシェフの腕は素晴らしい。わたくしの考えた通り、いやそれ以上の味を作れるのだから。
そしてそのまま殿下に差し出した。
「……え?」
「この通り毒は無いので、お召し上がりください」
しかし、殿下はなぜか動かない。呆けたような表情で、固まってしまっている。
不思議に思ったけれど、周りも見れば全員固まってしまっている。
何故に?
思わず首を傾げていると、立ち直ったらしい殿下が早口で喋り出した。
「へ、ヘンリエッタ嬢。な、なにをしているんだ?」
「え? 何って、毒味ですわ? 殿下が食事を召し上がる際に、毒味役の方が来ていたでしょう? クッキーですと個別に毒を仕込むことができるのでこの方が良いと思ったのですが」
そう言うと、殿下の表情が一瞬抜け落ちた。
え、わたくし何かまずいことしました?
「ああ、そうだね。そうなんだけれど……。はぁ、自分の煩悩が……」
「殿下?」
「なんでも無いよ。では頂こう」
そういうと、わたくしの手からそのままクッキーに齧りついた。てっきり手で受け取ると考えていたわたくしは、驚いてしまう。
しかも指先に柔らかいものが当たったし。
「うん、確かに美味しいね」
「殿下。流石に手ずから食べるのは、如何かと思いますの」
思わずそう抗議すると、急にダニエル様が机を叩きながら言った。
「君が言うか⁉︎ いや、そこで心底不思議そうな顔をするんじゃない! 俺たちが悪いみたいじゃないか!」
「ダニエル様、キャラが変わっておりますわ」
「そんなこと言っている場合じゃ無いだろう⁉︎ か、間接き、き、すなんてっ」
「はい?」
ダニエル様が吃ってしまって何を言っているのか、理解に遅れる。
かんせつききす? かんせつ、ききす。間接きす……。間接キス。え⁉︎
ダニエル様の言いたいことを理解して、バッと周りを見る。
同意を示すように、パトリシア様とメアリー様は顔を真っ赤にしている。
殿下は眩しい笑顔だ。え、こわ。
とはいえ、わたくしからしたらただの毒味でしかない。なのに周りがそういった反応をすると、恥ずかしさが込み上げて来てしまう。
「皆様……流石にそんな反応をされると困りますわ」
「いや、この状況だと君がおかしいからな。ど、毒味でそもそも間接キスだけでなく、手ずから食べさせるなんて」
「手ずから食べたのは殿下ですわ。わたくしは手で受け取ってもらうつもりでしたもの」
思わずジトっとした視線を殿下に送ってしまう。そんな視線を受けても、殿下はどこ吹く風だ。
「あと、そろそろパトリシア様とメアリー様は現実に戻って来てください」
「はっ……! これは予想外です。まさかこんなご褒美……! 私の想像の上をいくヘンリエッタ様、流石です」
「は、破廉恥ですわっ‼︎ ヘンリエッタ様っ。貴女は淑女としての自覚が足りませんわっ」
うん、現実に戻さないほうが良かったかもしれない。
なんというか、カオス。
どうしてこうなった。わたくしは真面目に毒味をしただけだと言うのに。
なんだか精神的疲労で、帰りたくなってしまった。
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