家族になれました
暫く嗚咽が続いていたが、空が白み始める頃トミーは顔を上げた。
「落ち着いた?」
「はい、すいません……」
わたくしが声をかけると、トミーは縮こまりながら離れた。
「トミー、そういう時はな‘’ありがとう‘’っていうとお互いに嬉しくなるぞ」
お兄様の言葉にトミーは目を見開いた。お兄様を見つめて、それからわたくしも見つめてくる。にっこり笑いながら頷いた。
「はい、ありがとうございます」
言い慣れないのか、恥ずかしそうに、でもこちらをしっかりと見てトミーは言った。可愛くて頭をヨシヨシしてしまう。
「ふふ、よく言えました」
「……!」
茹蛸のように顔を真っ赤にしながら、口をぱくぱくさせる。そんな姿も可愛い。恥ずかしいのだろうけど、嫌がらないでヨシヨシされ続けている状態がさらに母性をくすぐられる。
「へティ、そろそろトミーがのぼせるからその辺にしときなさい」
「はあい」
お兄様に言われては仕方がない。トミーの頭から手を離した。
お兄様は咳払いをして、トミーに向き直る。
「トミー、父上からトミーのことはある程度聞いている。そして、さっきの話でもわかることがある。辛かったよな」
「でも、安心して。わたくしたちは絶対にトミーから離れたりしないわ」
「「家族だから」」
二人でそう言うと、トミーは再び琥珀の瞳を煌めかせた。
「僕はトミーの兄として、一緒に魔力コントロールを頑張るよ。失敗しても大丈夫だ。一緒に頑張っていこう」
「わたくしはトミーの姉として、辛い時にも支えられるように頼ってもらえるように頑張るわ。だからね、辛い時はちゃんと辛いって言ってほしいの」
トミーは必死に頷いている。眼から雫がポロポロ溢れている。
やがてトミーは涙を拭うと今までのおどおどした声とは違う、強い言葉で言った。
「ぼく、頑張ります! 魔術も使えるようにして、兄上と姉上をお守りできるように強くなります!」
わたくしたちは笑顔で頷く。トミーも初めて笑顔を見せてくれた。
最後に一筋、トミーの頬に涙が伝う。登り始めた朝日に照らされてきらりと光った。
わたくしたちが‘’家族‘’になった瞬間だった。
◇◇◇
朝食の時間になり、3人で食堂に向かう。真ん中にトミーで仲良く手を繋ぎながら。ちなみにわたくしとお兄様はノリノリだが、トミーは恥ずかしそうにしている。
侍女や執事たちも微笑ましいものを見るように笑ってくれている。
食堂に入ると、お父様とお母様が既に来ていた。わたくしたちの姿を見て、嬉しそうな表情をしている。
今までにない幸せを感じながら食事が始まる。いつもより話も弾む。
トミーもぎこちないながらも話に参加している。
そんな時、お父様が感慨深そうにわたくしを見ていた。
「どうかしたのですか? お父様」
「いや……。少し前のへティからこんなに変わるなんて子供の成長は早いなと思っていたんだよ」
「そうですか?」
「ああ、正直我がとても強くて」
「あなた」
お母様が話に割り込む。だけでなく、お父様を睨んでいた。お父様はやってしまったと言う表情をする。
しかし、わたくしはそれどころではなかった。
我が強い。オブラートに包んでいるが、我儘だったと言うことだろう。そして、急に思い出した。
前世の記憶が戻る前のヘンリエッタは、嫌いな食べ物が入っていれば皿をひっくり返し、着たい洋服がなければ火がついたように泣き喚き……とにかく癇癪が酷かった。
それと同時にもう一つ思い出す。前世では‘’異世界転生‘’が流行っていたことを。自身はそう言うのを読んだことが無く、齧った程度の知識しかない。
その話では悪役令嬢というものにスポットライトが当てられていたはず。悪役令嬢に転生して破滅フラグを折るのを目指すということが多かった。
そして、自身の姿を思い出す。アリスブルーのゆるくウェーブがかかった美しい髪。翡翠の大きな瞳。ふっくらした唇。間違いなく美少女予備軍。
そして侯爵家という割と高い身分。モンスター級に悪い性格。
(これは……もしかして悪役令嬢ポジションでは?)
その結論に達した時、わたくしは邸に響き渡るほどの叫び声を上げた。




