【幕間】侯爵家次男の葛藤 ②
ヘンリエッタは自分の部屋に戻っていった。
トミーはゆっくりと息を吐き出した。そのまま食事も自室で摂ることにした。
ああ言った手前、ヘンリエッタの顔を見ながら食事するなんてできなかったからだ。
しかし、1人の食事は味気ない。スタンホープ侯爵家の食事はいつも美味しいのに、今日はいつもより食が進まない。
……原因は分かりきっているのだ。
シェフには申し訳なかったけれど、どうしても食欲が沸かずに残してしまった。
そうこうしていると、ノックが聞こえた。大体、部屋を訪れる人は想像がついている。
この場合は義母、アメリアで間違い無いだろう。
入室許可を出すと、予想通りアメリアが入ってきた。
一時期は心労のあまりやつれていたけれど、今は前のように輝くような美貌に戻っている。
「珍しいわね。トミーが自室で食事を摂るなんて」
「そうですね」
とりあえず、向かい合わせにソファに座る。
今訪ねてきたのは、もしかしたらヘンリエッタがそれとなく言ったのかもしれないし、アメリア自身が気がついてやってきたのかもしれない。
何を言えば良いかわからずに固まっていると、アメリアが口を開いた。
「ごめんなさいね。本当はもっと前から悩んでいたのでしょう? それなのに、わたくしを優先してそばにいてくれてありがとう」
「あ、いえ。心配をかけてしまったのは事実ですし、僕も母上が心配だったので」
そう、引きこもらざるを得なかった期間は、アメリアのことが心配で考える余裕がなかった。
引きこもっていたから時間はあったのに、それでも考えなかったのだ。
考え始めたのは、そう。フレディがお見舞いに来てからだ。
あの日、フレディとヘンリエッタの2人きりになることを許可したのは、それこそ、トミー自身の心境の変化があったからだ。
その後の様子を見れば、フレディがヘンリエッタの考えを改めさせたのだと分かった。
いくらトミーが言っても、その本質に気がついてもらえなかったのに。
やはり、自分ではダメなのだと、見せつけられた気がした。
再び暗い気持ちに支配されそうになっているところで、アメリアの声に現実に引き戻された。
「ねぇ。トミーはへティが好き?」
「……はい。ずっと、ずっと好きです」
どれだけ打ちのめされようとも、その気持ちは変わらなかった。変えられなかった。
「わたくしたちも、トミーのことをずっと見てきたわ。本当にへティが好きなことを誰より近くで見てきたわ。けれど今のトミーは、とても辛そうだわ。……何があったのか、よければ教えてくれる?」
「……僕は今まで姉上を幸せにしたいと、その気持ちで努力してきました。僕は、誰よりも努力していると思っていたんです。けれど、それは見ている山が違ったんだと気付かされました。僕よりも姉上を幸せにできる方がいる。そして……姉上も変わり始めているのではないかと。そう思っています」
アメリアは、トミーが誰を見ているか理解した。
いくらアメリアでも、子供たちの学園生活全てを知ることはできない。離れている時間が増えたことで、知らないことも増えてきている。
けれど言葉の端々や態度で、何が起こっているかは予想することが出来る。
それこそ、社交界でアメリアが得意とすることだ。
「そう……。それで、トミーはどうしたいの?」
「僕は……どうしたいんでしょう。姉上のそばに居たい、守りたい。けれど、僕では力が及ばないんです。いいえ、力だけではありません。姉上の心も動かすことが出来ない。それでは姉上を幸せにできない。……それができる方を知ってしまえば、僕は動けない」
「……」
一瞬、2人の視線が合わさる。トミーは気まずくなり、俯いた。
「悔しいです。ずっと競ってきた相手が、実はずっと格上の人だった。そのことに気づきもせず、勝手にライバル視して。頭では、姉上を任せた方がいいとわかっているんです。姉上も、満更では無いでしょうから。なのに……認めたくない自分がいるんです」
また沈黙が落ちる。
アメリアはゆっくり息を吐いた。
「あなたたちは、気がついたらずっと大人になっているのね。毎日そばで見てきたのに、分からなかったわ。トミー、あなたは素晴らしい人よ」
その言葉に、緩慢な動作でトミーは顔を上げた。




