【幕間】侯爵家次男の葛藤①
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トミーには、この世界で誰よりも大切な存在がいる。
それは戸籍上では姉となる、ヘンリエッタ・スタンホープだ。
アリスブルーという、白髪に見えるがよく見ると青も入った髪。腰の辺りまで伸びた髪は、体の動きに合わせて軽やかに揺れる。
そして翠色に青色を一滴こぼしたような、見るものを引き寄せる瞳。
幼い時に、自分を地獄から救い出してくれた存在。
もちろん、義父、義母、兄もトミーにとって大切な人たちだ。けれど、ヘンリエッタはトミーにとって別格の存在だ。
この人を自分のものにしたい。自分だけを見ていて欲しい。他の人、特に男性に見せるくらいなら閉じ込めておきたいと本気で思った。
けれどそんな危うい想いも確かにありながら、トミーはヘンリエッタの幸せを願った。
自分なりにヘンリエッタに近づく者は徹底的に調べ、問題がなければ――内心は追い出す口実がないことを残念に思いながら――ヘンリエッタの意志を尊重した。
とはいえ。ヘンリエッタ自身がそんなに交友関係を広げようとしなかったのもあり、トミーが調べたのはメアリー・キャンベルだけだった。
この国の王子であるフレディやダニエルは、そもそも付き合いの長さである程度知っていた。
だからこそ、特にフレディはトミーにとって敵だった。ヘンリエッタを奪うかもしれない存在として。
付き合いの長さ=水面下で火花を散らした年数だ。
しかしどんなにアピールしても、ヘンリエッタは‘’姉‘’としての態度を崩さない。
それがもどかしかった。愛されているのはわかる。けれどそれでは満足なんてできなかった。
トミーはヘンリエッタの‘’特別‘’になりたかった。
今回ヘンリエッタたちが隠し事をしていると気づいた時、もうヘンリエッタを閉じ込めたい衝動に駆られたけれど、その後自分を優先してくれたことで心は落ち着いた。そしてそのメンバーに入れてくれたことで、トミーはヘンリエッタに自分を‘’男‘’としてアピールできるチャンスだと思った。
そう思ったのは一瞬だったけれど。
フレディのことをきちんと見ると、どれだけ有能な男かわかったからだ。
自分のしてきた努力は、到底フレディには及ばなかった。まるで1番高い山の頂を目指してようやく登り切ったと思ったら、その先にさらに高い山があったような絶望感。
思わずヘンリエッタに弱音をこぼしてしまうくらいには、自信が崩れ落ちていた。
そして極め付けは、あの魔物襲撃事件だ。
途中までは良かったと思う。けれどヘンリエッタの悲鳴が聞こえた時、完全に集中を欠いていた。目の前の魔物が目に入らなくなるほどに。
そして動けない自分を、自分達を守るために1人魔物に立ち向かったヘンリエッタの姿。
無様だった。
愛しい人1人守れない自分が。そしてとばっちりとはいえ、その後の後処理に何もできない自分が。
そしてある考えが頭を占めるようになった。認めたくないけれど、もう一人の自分が冷静にその答えを導き出した。
けれどそれは今までの自分を否定するようで。
暗い気持ちで部屋にいたところに、ヘンリエッタがやって来た。今日はパトリシアに招待されていると聞いたが、帰ってきたらしい。
ヘンリエッタは、トミーとの約束の件を話してきた。
ああ、そのまま忘れてくれていて良かったのに。
そう思う気持ちと、覚えてくれていて嬉しいという気持ちがせめぎあう。
そして自分のせいでヘンリエッタが、寂しそうにしてしまった。けれど、この気持ちを本人に言うことなんてできない。
ヘンリエッタは、それでも待つと言ってくれた。誰かに相談したいなら、母が適任だとアドバイスまでくれて。
本当に、他人のことばかりだ。困っていたら迷わず手を差し伸べる、その優しさ。
ああ、そんなところが。いや、ヘンリエッタという存在が愛おしくてたまらない。
だから自分の気持ちにけじめをつける時が来たのかもしれない。
トミーはこの環境が変わるかもしれないと、少し怖かった。




