わたくしを置いていかないでくださいませ
パトリシア様は、ポロポロと涙を零している。
「こんな、こんなわたくしでも良いのですか……?」
「もちろんですわ。いいえ、これでは何だか上から目線ですわね。わたくしからお願いしたいのです。改めて、これからも仲良くしてくださいますか?」
「っはい……!」
「あのぉ、私のこと忘れていませんか?」
メアリー様が、少しふざけた調子で言ってきた。
それを聞いて、思わず感慨深くなってしまう。今までだったら、そんな言葉を考えもしなかっただろう。
皆変わって来ているのだと実感した。
「ふふ、もちろん忘れていませんわ。メアリー様がそういう風に言えることに、嬉しさも感じていますもの」
「誰かさんに似たのかも知れませんね?」
茶目っ気たっぷりに言うメアリー様。その姿はとても愛らしく、同時に頼もしさもあった。
「メアリー様、ありがとうございます。貴女のおかげで話すことができましたわ」
「言った通りでしょう? ヘンリエッタ様がパトリシア様を嫌うはずがないと」
「まあ、そんな話を?」
「はい。ヘンリエッタ様は仲間はずれにされたと思ったようですが、話の中心は貴女でしたよ」
「何だか、巻き込んでしまいましたね。でもありがとうございます」
「お礼を言うのは早いでしょう?」
その言葉に、はてと首を傾げる。もうパトリシア様との誤解も解けたのだし、解決したのでは?
パトリシア様も、うんうんと頷いている。
「ヘンリエッタ様の心に巣食う悪魔を退治せねば。そもそも、今が1番花盛りなのですよ? それをそんなクズ男のために無駄にするなんて、もったいないと思いませんか?」
「いえ、そもそも貴族なので恋愛ごとは――」
「メアリー様の言う通りですわ!」
パトリシア様がわたくしに被せてくる。あの、今まで応援しているわたくしが言うのもおかし過ぎますが、パトリシア様も貴族ですからね。しかもこの国筆頭の公爵家のご令嬢ですからね。
確かに、恋愛に一生懸命になれることを羨ましくは思う。けれど、本当に恋愛をしたいかと言われると、首を傾げざるを得ない。
他の人の恋愛模様を見るだけで満足もできると思う。実際、目の前の2人を見ていて満足している節もある。
しかしそんなわたくしの考えとは裏腹に、2人もかなり盛り上がってしまっている。
「さあ、こうなったらヘンリエッタ様の恐怖を克服しましょう!」
「ええ。しかしお恥ずかしながら、こう言ったことには疎くて……どういう方法が望ましいのかしら?」
「そうですね……。それこそ小説などで疑似恋愛をするという方法がありますが、ヘンリエッタ様はそちらは大丈夫なようですし……」
「それにヘンリエッタ様は、言い寄られても躱す能力も高いですし……」
「お2人ともとりあえずわたくしを放置して、わたくしの話をするのをやめていただけないでしょうか?」
どういう状態? という感じである。言葉にしたら更に違和感がすごい。
「だってヘンリエッタ様は、まだ恋愛に興味が持てないのでしょう?」
メアリー様の言葉には反論できない。改めて想像しても、その通りだったから。
「それはヘンリエッタ様が思っている以上に、トラウマとなっているとも考えられるのですよね。それに困っているけれど、嫌なわけではないでしょう?」
「そうですけれど……」
「ヘンリエッタ様。最初に言ったように、わたくしから見れば殿下をお慕いし始めているように見えますわ。それは変わりません。であればそれを認められるようになる方が良いと思うのです」
パトリシア様とメアリー様は頷き合っている。
と、パトリシア様がわたくしに向き合って、少し恥ずかしそうに言った。
「それと……先ほどの話を聞いて、思ったことがありますの」
「何でしょう?」
「その、できれば……お互いにライバルとして、正々堂々と殿下の婚約者の座をかけて勝負したいと思いますの」
筆頭貴族として、今まで他人を蹴落とすような方法も知っているであろうパトリシア様が。
そんな恥じらいながら、綺麗事とわかっていながら言うなんて。
可愛い。可愛すぎる。パトリシア様は天使だった……?
メアリー様も悶えているので、同じ様な心境なのだろう。
動けなくなってしまったのは、仕方ないことだと思う。




