羨ましいです
パトリシア様の言葉に、どう答えればいいかわからない。
なぜならば、パトリシア様は何度か可愛らしい嫉妬をわたくしに向けてくれていた。後で羞恥心に悶えていたけれど、そんなところも素晴らしかった。
しかし、今のパトリシア様はそういったことではないということなのだろう。
もう少し詳しく聞かないと、何とも言えない。
「その……具体的にどのような嫉妬を?」
「……貴女のことだから、気がついていると思います。……殿下が強く興味を示していると」
「……そうですね……」
うん、えっと。認めたくなかったけれど、そういうことだろう。トミーのことで悩んでいた時、お母様も言っていた。
パトリシア様にまで言われてしまったら、認めざるを得ない。パトリシア様を傷つけたくないから。
「わたくしは……わたくしは、ヘンリエッタ様は王妃になるのにふさわしいと思っています。それでも……それでもっ……わたくしだって努力しているのに、選ばれないことが悔しくて……。ヘンリエッタ様を憎らしく思ってしまったのですっ。ごめんなさい……!」
「パトリシア様……」
わたくしといるときのパトリシア様は、笑顔だった。怒らせてしまうことも何度かあったけれど、親愛の情が消えることはなかった。
……どんな気持ちで、わたくしといたのだろう。何にも気がつかない、自分勝手に振る舞うわたくしの隣で。
パトリシア様に謝らせていることが、申し訳なくて。気がついたら、わたくしの眼からは涙が溢れていた。
「ヘンリエッタ様……? そうですわね、こんなの裏切りの何者でもありませんわ。貴女だって苦しんでいたのに、自分勝手な感情を持ってしまって――」
「違います……っ。謝らないでくださいっ。ごめんなさい、パトリシア様。わたくし、自分のことばかりで」
何度も首を横に振る。パトリシア様は困惑しているけれど、止まらない。
「ヘンリエッタ様ほど周りを見ている方は知りませんわ。色々あってお忘れかも知れませんが、ヘンリエッタ様はお話を聞こうと待ってくれました。わたくしの勇気が出るまで。だから、だから」
そうだ。メアリー様の話を聞くまで、パトリシア様は何か言いたげにしていることがあった。
けれど、待って欲しいと言われたから待っていた。わたくしにも話せないことに、少し寂しさを感じながら。
そんなに前から、恐らくもっと前から悩んでいたのか。
それなのに、わたくしに言いたい場面だってあっただろうに。今もわたくしを気遣ってくれている。
それにここに来るまでに、もやもやした気持ちを抱いたことを思い出す。
あれは間違いなく。
「わたくしほど自分勝手な人間はいませんわ。事件の時の行動もそうですが、ここに来るまでに何を考えていたと思います? パトリシア様とメアリー様の様子を見て、仲間はずれにされたと思ってしまったのです。本当に自分勝手でしょう?」
「……」
パトリシア様はポカンとしている。
メアリー様は、笑いを堪えている。きっと側から見たら、わたくしたちは両片思い状態なのでしょうね。
「で、ですが、ヘンリエッタ様を憎らしいと思ってしまって――」
「わたくしはパトリシア様が努力してきた姿を、誰より近くで見てきたと自負しております。ええ、空気をあえてぶち壊すわたくしが、基本塩対応のわたくしが憎らしくなるのは当然だと思います」
「な」
パトリシア様は、目が溢れんばかりに目を見開いた。
「本気で、人生をかけている人がいるのにちゃらんぽらんな人が選ばれる。当事者じゃなくても腹立たしいことですわ。だからパトリシア様、ご自分を責めないでくださいな。美しい感情も、醜いと感じてしまうことも素晴らしいことではありませんか。それはパトリシア様の努力の証なのです」
「あ……」
「わたくしは恋愛での‘’好き‘’を忘れました。パトリシア様はそれを持っている。素敵ですわ。わたくしだって、羨ましいですもの。恋愛に必死になれる姿が」
前世のあいつの記憶は消えない。
恋愛を意識したときに顔を出す。まるで‘’忘れるな、お前は俺のものだ‘’と言うように。
それがある限り、わたくしは恋愛なんて出来ない。したくない。また傷つくのが嫌だから。
だからこそ、パトリシア様も、メアリー様も。応援したくて、でも羨ましいのだ。




