その反応は予想外ですわ
「メアリー様が恐れている、と言ったことですね。正直言われるまで‘’恐れている‘’という風に思っておりませんでした。どちらかというと恋愛なんて面倒臭いと思っておりましたの」
「そうなのですか?」
メアリー様が意外そうにいう。そんなに怖がっていたのかしら。
「ええ。そもそもわたくしは、前世の記憶に結構な穴がありますの。それこそ人間関係はほとんど思い出せません。自分の名前すら、思い出せないのですから」
「……私は結構鮮明に覚えていますね。いえ、ここが‘’その少女は光となって道を照らす‘’世界と気がついた時に、慌ててノートに書いたので覚えてはいますが、それ以外はもう薄れてきています」
「まあ、そのおかげで今回の事件も被害が最小限で済みましたわね。メアリー様、さすがですわ」
「その‘’最小限の被害‘’でわたくし達は、だいぶ気を揉まれたのだけれど」
メアリー様を褒めたら、パトリシア様に小言を言われてしまった。
はい。本当に。
咳払いをして、仕切り直す。
「うゔんっ……それはさておき。先に言っておきますと、前世のわたくしは幸せでしたわ。記憶に抜けがあるとはいえ、温かい気持ちになることがほとんどですもの。パトリシア様は驚かれると思いますが、前世では恋愛結婚がほとんどでしたわ。男女のお付き合いも、それほど慎重になることはありませんでした。それが仇となったというか、最後に付き合った男性がなかなか個性的でしたの」
「個性的」
「この国でも平民階級では、恋愛結婚が主流ですものね。ヘンリエッタ様もメアリー様も、前世では平民でしたの?」
「この国の基準ですと、そうですわ」
メアリー様は、何となく察したようだ。
パトリシア様も、話についてこれているようで安心する。やはり優秀な方だから、飲み込みも早いわ。
「そいつ……あ、いえ。その男性の顔は覚えてはいませんが、見た目麗しく、女性の憧れの的でしたわ。紳士的な態度で、付き合いたいと思った女性は多かったでしょう」
「……ヘンリエッタ様、別にそいつ呼ばわりでもいいと思います」
「ふふ、前世のわたくしならそうしましたが、今はヘンリエッタ・スタンホープですもの。スタンホープ侯爵家として、そういうのは好ましくありませんわ」
「そうですわね。けれどここにいるのは、わたくしとメアリー様だけですわ。わたくし達が黙っていればいい話でなくて? それにこの世界にその人はいないのですし」
「まあ、パトリシア様ったら。順応が早いですわ」
メアリー様の仄暗い視線と、パトリシア様の微かに怒りを含んだ視線。
まだ確信的なことは何も言っていないのに、察しが早くて何だか申し訳ない。
「改めまして、そいつは外面がとてもよろしかったですわ。わたくしも恋に落ちるほどに。付き合えた時は有頂天になりましたもの。今となっては黒歴史ですけれど」
「クロレキシ?」
「思い出したく無いほど嫌な思い出ということです」
「なるほど」
パトリシア様は耳慣れない言葉に首を傾げるけれど、すかさずメアリー様が通訳してくれる。それにしても首を傾げたパトリシア様がかわいい。
「けれどそれもすぐに破綻しましたわ。そいつは付き合うと豹変するタイプだったのです。もう付き合った途端に、他の異性と話すと浮気だと騒ぐ。連絡がすぐに取れないと浮気と騒ぐ。お前みたいな奴が、俺と付き合えるなんて名誉なことだろう? 金を貸して欲しい。愛する彼氏のために金もだせないの? そんな奴だったとは思わなかった。最低だな。……などなど、あげればキリがありませんが、クズな男でしたわ。……ってお2人とも?」
「ふふふふふ。その方がこの世界にいなくてよかったですわ。ディグビー公爵家の力を使って抹殺してしまうところでしたわ」
「この世界すら男尊女卑は古いものだというのに……。ふふっパトリシア様のいう通りですね。その時は全力で協力してしまいます」
「……怖い」
思わず本音が漏れてしまった。
いえ、すごく嬉しいのも事実ですが。2人の顔が見たこともないくらいに、怒りに満ちている。
むしろ今までの怒りが可愛く思えてしまう。ショックを受けることを予想していたら、反対方向にいくなんて驚いても仕方ないだろう。




