メアリー様の勢いが凄いですわ
「本当に……っ急に険悪な雰囲気になって、どうしようと慌てた私の気持ちを返してほしいですよ。なんなんです? 高位貴族の方は喧嘩になったら、褒めるんですか?」
「「いいえ、違います」」
「じゃああれですか。京都ですか。ピアノ上手くなったねと言いながら本心では、ピアノの音がうるさいとか思ってんですか」
「え、え?」
「ち、違いますっ本当に違いますわ!」
メアリー様が前世のことを引き合いに出している!
それ、パトリシア様には一切伝わらないから! あと一部偏見って話もあるから!
「お2人とも私から言わせて貰えば、お互い大好きですぅって告白しているようなもんですよ! もう殿下云々より、2人が付き合ったらどうですか?」
「なっ」
「……それは良いかもしれません」
「ヘンリエッタ様!? 何を言い出すのです! 貴女と付き合うなんて身が持ちませんわ」
「ええ、ええ。もうそうですわ。いっそのことわたくし達が、結婚すれば良いのです。そうすればこの問題は解決ですわ」
我ながら妙案だ。いや、提案したのはメアリー様だけれど。
しかし、そのメアリー様に油を注いでしまった。
「ヘンリエッタ様? 今はふざけている時ではありませんよね?」
「ふざけていな――いいえ。申し訳ありません。なんでもありませんわ」
メアリー様の気迫に、慌てて口をつぐんだ。
庇護欲そそられるヒロインの顔立ちだけれど、怒ると怖いわ。可愛いからこそ怖いわ。
「とにかく! 今の話で、ヘンリエッタ様が頑固だと解りました」
「頑固……」
「外から見ていて思ったことがあります。ヘンリエッタ様、何をそんなに怯えているんですか?」
ひゅっと思わず息を呑んでしまう。
「怯えている……?」
「はい。ヘンリエッタ様はパトリシア様に遠慮しているとかではなく、怯えています。そうですよね?」
パトリシア様が訝しげにつぶやくと、メアリー様が代わりに答えた。
わたくしは無意識に目を背けていた事実を突きつけられた衝撃で、言葉が出ない。
ああ、トミーのことで困っていた時にお母様にも言われたわ。
あの時から何年も経つのに、わたくしは変わっていないのね。
「そう、ですわね」
ため息と共に、同意の声が漏れた。
「何にそんなに怯えているのですか?」
パトリシア様が聞いてくる。
お母様の時はなんとか答えられたけれど、今は言葉が喉で詰まって出てこない。
「ヘンリエッタ様は、過去の恋愛で何か嫌のことがあったんですよね? 殿方と普通に接することができると言うことは、男性不信ということではないですもんね?」
「……」
「それにもしヘンリエッタ様が、殿下との婚約で破滅フラグを恐れているのならその可能性はかなり低くなりましたよね? 仮に陥れられそうになっても味方はたくさんいますし、その中心人物たちと仲良くしているんですよ? 私の時と同じように、回避できると思います」
「め、メアリー様っ」
ちょっ、パトリシア様がいるのに何を言い出すの⁉︎ その内容は誤魔化しにくいですわっ。
しかしメアリー様の暴走は止まらない。
「もう洗いざらい話します。多分、ヘンリエッタ様のことはそこから来ているのではないのですか?」
「そ、それは……」
「この話をしないと、パトリシア様は納得できません。2人は距離が近いので、見えていないこともあるんです。その大元が理解できないと、話はいつまでも平行線のままです」
「そ、そうですが、でもっ」
思わず止めようとするわたくしの口を、メアリー様は片手で塞いできた。
「何も全部話す必要はないと思います。言えないことは言えないで大丈夫です。でもコレを話さないと、進まないと思います」
そう言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまう。メアリー様、いつの間にこんなに強くなったんだろう。
抵抗が弱まったわたくしを見て、メアリー様は話し始めた。
まだ口は塞がれたままだけれど。
「パトリシア様、今から私が言う事は事実です。気が狂ったわけでもなく、正気です」
「わ、わかりましたわ」
パトリシア様はメアリー様の勢いに、目を白黒させながら頷く。
「私とヘンリエッタ様には、前世の記憶があるんです」
「はい? 前世の記憶?」
「そうです。この世界ではない、別の世界の記憶です。そしてこの世界は、ゲーム……物語のようなものですね。私たちが登場していたのです」
「わたくし達が……? ごめんなさい。ちょっと理解が追いつかないわ」
そうですよね。これで理解できたら天才です。
メアリー様の手を掴み、そっと口から外す。
「とりあえず……貴女達は、この世界とは別の記憶があるの?」
パトリシア様は、なんとか飲み込んでくれていた。説明することはまだまだたくさんあるけれど。




