喧嘩……ですわよ?
パトリシア様が驚いた表情をしている。メアリー様はこちらの真意を見定めようとするような真剣な目。
「っ申し訳ありません。けれどわたくしは殿下をお慕いしておりませんわ」
あり得ない。殿下は確かに素晴らしい方だとは思う。それは尊敬の情に過ぎない。決して、それ以上の感情は抱いていない。
「「…………」」
2人がわたくしを見つめる。沈黙が部屋を包んだ。
しかし、やがてパトリシア様が大きく溜息を吐いた。
「……そんな風に否定して、逆に説得力がありませんわ」
「それはパトリシア様が、あり得ないことを言うので驚いただけですわ」
今も心臓が飛び出そうなのは、驚いたからだ。
「あり得ないことね……。そう思い込もうとしているだけではなくて?」
「なんですって?」
「ヘンリエッタ様は、わたくしが知っている中で1番情に厚い方ですわ。貴女はご自身が好意を抱く方には、無償の愛を。敵対するものには容赦がありません」
パトリシア様の言い方にイラッとしたけれど、その後の内容が明らかに褒めている内容なので深呼吸して怒りを追い出す。
というかパトリシア様も若干イライラしている。だから言葉選びがキツい。わかっているけれど、わたくしだって感情があるので苛ついてしまう。
「ヘンリエッタ様。貴女は昔からわたくしを応援してくれていましたね。だからわたくしを裏切ることになると、その想いに蓋をしているのではないですか?」
「何を言うかと思えば、それは見当違いも甚だしいですわ。思い出してくださいな? わたくしは殿下の婚約者になりたくないからパトリシア様を応援していたのですよ? 有体に言えば、パトリシア様を隠れ蓑にしていたのですわ。それなのに今更殿下に想いを寄せるなどあり得ません」
「まあ、初めて会った時から何年経っているとお思い? 気持ちが変わることだってあるでしょう?」
「ちょ、ちょっとお2人とも落ち着いて」
メアリー様の止める声が聞こえるが、ここは絶対に譲れない。
「気持ちは確かに変わることもあるでしょうね。けれど殿下の伴侶となる方は、将来の王妃ですわ。今まで避けておいて、信頼関係なんて築けないでしょう? それに対してパトリシア様は出会った頃から、いいえ出会う前から努力されていましたわ。客観的に見て誰が殿下の伴侶に、王妃にふさわしいかなんて一目瞭然でしょう?」
「ヘンリエッタ様?」
「まあ。客観的と言いながら、随分主観が入っていますのね。わたくしからすればヘンリエッタ様の方が王妃にふさわしくてよ。貴女のその人心掌握術、それで何人虜にしてきたのかしら? まだ正式なデビュタントもしていないのに、貴女の評判の良さは異常でしてよ」
「パトリシア様?」
「まあまあ。パトリシア様は盲目的になられておいでですわ。パトリシア様は‘’完璧な淑女‘’と言われているお方。そのような方がご自身を過小評価しすぎではなくて?」
「わたくしのしていることなど、教師の言われた通りにしているだけ。それよりも柔軟性のあるヘンリエッタ様こそ、過小評価のきらいがありましてよ」
「…………」
「「むむむむむ!」」
わたくしとパトリシア様が睨み合う。
その均衡を破ったのは、メアリー様だった。
「あーもう! 良い加減にしてください‼︎」
その言葉と同時に、ばんっとテーブルを叩く。
流石の行動に、2人揃って肩を跳ね上げた。
そろりとメアリー様を見る。メアリー様は呆れと怒りが混じった表情をしていた。
「なんなんですか!? 喧嘩にしても内容がおかしいでしょう! 何故褒めあっているのです! いいえ。褒め合うのは良いことですが、ならばもっと褒めてる雰囲気を出してください」
「な、わたくしはパトリシア様がおかしなことを言うから――」
「いいえ、ヘンリエッタ様が認めないから――」
「だまらっしゃい‼︎」
「「はい! 申し訳ありません!」」
メアリー様の見たことのない剣幕に、大人しく返事をして黙る。
そこからしばらく、メアリー様のお説教が続いた。




