ディグビー公爵家にむかいます
心情的には色々ありすぎてキャパオーバー気味だけれど、日常は何事もなく終わった。
お兄様とトミーにパトリシア様に招待されたことを伝え、別れる。
「それでは行きましょう」
そういうパトリシア様に連れられて、ディグビー公爵家の馬車に乗り込む。もちろんメアリー様も一緒に。
動き出した馬車の中は静かだ。パトリシア様は、無言で自分の膝あたりを見つめている。
メアリー様は、ソワソワしている。その様子を見るに、おそらくパトリシア様はメアリー様に先に相談をしている。
ついて来て欲しいとも伝えたに違いない。
なんだか、もやもやするわ。先にわたくしに相談してくれて良かったのに。
いいえ、最近わたくしと話す時間がなかったもの。仕方ないことよね。でもなんだかなぁ。
そんな風に考え込んでいる様子を、2人が見ているとも気が付かず。
そして心配そうなパトリシア様を、メアリー様が笑いを堪えながら無言で宥めていることも気がついていなかった。
◇◇◇
ディグビー公爵家に到着し、客間に案内される。
侍女がお茶を淹れてくれて、出て行った後もしばらく無言が続いた。
どうしよう、わたくしから聞き出して良いものかしら。かなり深刻そうなのよね。
けれど沈黙ばかりも良くない。一旦話かけてみよう。
わたくしはお茶を一口飲んだ。
「やはり、ディグビー公爵家のお茶は違いますわね。最近色々ありましたから、このお茶を飲めると安心感を感じますわ」
「え、ええ。そういえばもう2ヶ月くらい招待できていませんでしたものね」
「日常が帰ってきた感じがしますわね」
そう微笑みながらいうと、なぜかパトリシア様は顔を赤くして俯いてしまった。
今のは普通に微笑んだつもりなのだけれど……。こういう会話は日常茶飯事だし照れることはないような……。怒っている風でもないし……。
今日はパトリシア様が、何を考えているかわからないわ。
困ってメアリー様を見る。メアリー様はわたくしと目を合わせて、笑ってくれた。
なんとかしてくれるかしら。
「パトリシア様、ヘンリエッタ様が困ってますよ。ヘンリエッタ様を信じてるのでしょう? 大丈夫です」
「……」
促されたパトリシア様は、それでも口を開けては閉ざす。
握りしめた手は、微かに震えている。
いつもなら手を握って、声をかけるけれど。なんだろう、それをしたら余計にパトリシア様が話せなくなる気がしてできない。
「先に言っておきますと、パトリシア様はヘンリエッタ様を嫌いになっておりません。自分の感情と戦っているので、なかなか言葉が出て来ないんです」
わたくしに向かって、メアリー様が解説してくれる。
パトリシア様はわたくしから見れば、完璧な淑女だ。淑女は相手に感情を見せず、仮面を被る。淑女教育で他人に感情を見せることは、はしたないとされるからだ。
当然、パトリシア様もわたくしも公の場では仮面をつける。けれど付き合いの長さゆえに、お互いの前では仮面は自然と取れる。
パトリシア様は特に溜め込んでしまうタイプなので、わたくしがガス抜きの役割をしていた。その積み重ねでパトリシア様は、わたくしの前では悩みを打ち明けてくれる。けれど今回はそれが出来ないという。
しかしパトリシア様が自身の感情と戦っているのなら、待つしかない。今のわたくしはそれしか出来ないだろう。
メアリー様に頷き、待つことにした。
メアリー様は、パトリシア様が言いやすいように空気を和らげようとしてくれる。
「パトリシア様、深呼吸ですよ。そうしたら、お茶を飲みましょう」
「はい……」
言われた通りに深呼吸をして、お茶を飲むパトリシア様。なんだろう、いつもの立場が逆転しているようで可愛い。
と、急に立ち上がってパトリシア様が、身を乗り出してきた。
びっくりしたのを悟られないように平常心を心がける。
「ヘンリエッタ様!」
「はい」
「その……わたくしと恋バナをしましょう!」
「……はい?」
全く意図を理解できずに、首を傾げることになってしまった。




