【幕間】 恋する乙女②
「パトリシア様……」
「ごめんなさい。それで、その……」
パトリシアは言葉に詰まってしまう。それは公爵令嬢としての矜持だったり、自己嫌悪だったり様々な感情が邪魔してしまう。
メアリーは、ヘンリエッタのことを思い浮かべる。人の機微に聡く、相手が欲しい言葉をくれる彼女。彼女ならうまくパトリシアが喋れるように、誘導するだろう。けれどメアリーはヘンリエッタではない。
「パトリシア様は、本当にヘンリエッタ様が大好きなのですね」
「……ええ。なのに……なのに彼女がとても憎らしく感じてしまうの。大切なのに、それなのにっ」
「そして本当に殿下をお慕いしているんですね」
「…………ええ」
「恋慕う方が別の方を見ていたら、その相手を憎らしく思うのは当然だと思います」
その言葉に、バッとパトリシアは顔を上げる。困惑しているようだ。
「でも……」
「その相手がどんなに大切な方でも……いえ、大切な方だからこそ憎らしさが倍増することもあると思うんです。うまく言えませんが……パトリシア様はヘンリエッタ様を認めていますし、それが余計にと言いますか」
ダメだ。どう言えばいいのかわからない。メアリーは焦った。言い方を間違えれば、パトリシアもヘンリエッタも傷つけることになってしまう。
けれど、パトリシアはそんなメアリーに気がついていない。メアリーの言いたいことがわかったからだ。
「そうですわ」
「え?」
「わたくしだって伊達にヘンリエッタ様と一緒にいるわけではありません。初めは彼女が本当に、わたくしを応援してくれていましたわ。けれど段々、彼女にも殿下に対して恋情が芽生え始めていることに気が付いたのです」
「……」
メアリーはそれは知らなかった。むしろ、パトリシアがフレディを恋い慕っていたことも今知ったのだ。それはメアリーが鈍感ということではなく、パトリシアが淑女として悟らせなかったというべきである。
思いっきり表情に出していたらしく、パトリシアは笑い出してしまう。
「ふふ。けれどヘンリエッタ様は、ご自身の気持ちに気がついていないようなのですよ。友人として本人が気がついていないことに気がつけたというのは、ある意味では喜ばしいことですわ。……もしかしたらわたくしの気持ちを知っているから、無意識に気持ちに蓋をしているのではないかと思っておりますの」
「可能性は……否定できないですね」
「ええ。……だからこそ、余計に憎らしいのですわ。……ヘンリエッタ様に救われたことは数知れません。本当なら気が付かせて応援したいのですが、わたくしの感情が邪魔しますの」
「それは当然だと思います」
メアリーは思わず身を乗り出しながら、同意する。
「パトリシア様、それを嫌悪する必要はないです。だってそれが恋だから。美しい感情も、醜い感情も全てひっくるめて恋です。むしろその感情を持つことができたことを誇るべきだと思うんです」
「まあ……こんなわたくしを?」
「はい! だって、それはパトリシア様がとても優しく、強い人だという証明だと思うんです! その感情と向き合っているじゃないですか。ヘンリエッタ様に当たることなく、むしろ大切にしているじゃないですか。それをどうして責めることができるんですか? パトリシア様は言ってくれました。最大限努力している人を責めることなんてできないと。同じことです」
パトリシアは体に電流が走ったような衝撃を受ける。そのような見方なんてしなかった。
「パトリシア様、その感情をヘンリエッタ様にぶつけても大丈夫です。私はまだ付き合いとしては短いですが、ヘンリエッタ様は感情をぶつけられたことで付き合いがなくなるとは思いません」
「……ふふ、アメリア侯爵夫人と同じことを言うのですね」
「それは光栄です」
2人で笑い合う。
「ねえ。1人でヘンリエッタ様にいうのは勇気がないわ。わたくしと一緒にいてくれないかしら?」
「もちろんです。任せてください」
報告をわすれてしまっていましたが、これにて第3章が完結です!
第4章では、再び日常生活を取り戻したヘンリエッタの心境の変化をお楽しみください!




