【幕間】 恋する乙女①
ヘンリエッタとフレディが対面している頃。
パトリシアとメアリーは、ディグビー公爵家にいた。パトリシアが相談したいとメアリーを招待したのだ。
スタンホープ侯爵家にお邪魔したことあるメアリーだが、公爵家となると大きさがまた違う。
慣れてきてはいたけれど、緊張はしてしまうものである。
「緊張しないでくださいな、メアリー様」
「は、はい。いや、無茶な注文です」
「どっちなの」
クスクス笑うパトリシアだが、表情は固い。単純に相談内容のせいだけれど、それがメアリーに伝播しているせいもありお互いに硬い。
いつもならその空気を柔らかくしているのがヘンリエッタなのだが、そのヘンリエッタがいては意味がない。
けれどいてくれると嬉しいと、改めてパトリシアは感じた。
「最近、色々あったでしょう。疲れも溜まっているでしょうから、疲労回復の効果のあるハーブティーも用意してもらったの。お口に合うといいのだけれど」
「お気遣いありがとうございます」
事件後しばらく、2人は本当に忙しかった。
パトリシアはワイバーンに襲われていたが、軽傷で済んでいた。メアリーは特に怪我も無かったので、2人揃って詳しく話を聞かれていたのだ。
その話はヘンリエッタにはしていない。フレディにお願いされたからだ。そして今日、フレディにヘンリエッタに会いにいくから、今日はお見舞いを控えてほしいとも言われた。
もちろん、2人にとってもヘンリエッタの行動に肝を冷やしたので、お説教してくれるのはありがたい。
後日また2人から一言二言言うとしても、だ。
けれどそのフレディの行動は、ヘンリエッタを特別に想っていると考えても仕方ないものだった。
そのことがパトリシアの心に暗い影を落とす。本当ならもう少し落ち着いてから、相談したかった。けれど、もう一人で抱え込むには重過ぎた。
「今日お誘いしたのは、殿下のことですの」
「殿下ですか?」
「ええ。今回の事件とは関係ない……いえ、今回のことは決定打になったでしょう。けれど今、このお話をすることに少し抵抗がございますの」
「そうですか。……けれど、今日のパトリシア様は思い詰めているように感じます。私はお話を聞くことくらいしかできませんが、聞かせてください」
「ありがとうございます」
そこでパトリシアは大きく深呼吸する。
そしてゆっくり話し始めた。
「メアリー様もご存知だと思いますが、わたくしとヘンリエッタ様は殿下の婚約者候補です。他のご令嬢もいますが、おそらくどちらかが殿下の婚約者となるでしょう」
「はい、噂程度には聞いています」
「……殿下とヘンリエッタ様とは12歳からの付き合いです。色々ありましたが、ヘンリエッタ様とはよき友人としていさせて貰っていますわ」
「パトリシア様とヘンリエッタ様は、そばで見ていてもとても仲良しだと思います」
「ありがとう。本来ならば、婚約者候補として仲良くするのは周りからよく思われておりませんでしたが、今はそんな声もありません。それはヘンリエッタ様の態度が原因ですわ。……彼女は殿下の婚約者になるつもりはなかったようですから」
「そうなんですね」
メアリーはヘンリエッタが、婚約者を目指そうとしなかった本当の理由を察した。
きっと自分が悪役令嬢だと思い、避けたのだろう。原作を知っている者としては、確かに避けたのは正解だと思う。
「周りも、ヘンリエッタ様も、わたくしが殿下の婚約者にふさわしいと持ち上げてきました。わたくしも殿下に出会う前から、婚約者となるべく努力してきましたわ。けれど……段々ヘンリエッタ様と仲良くなるにつれて、彼女こそ殿下の婚約者にふさわしいと思うようになりました。そして……殿下もヘンリエッタ様に興味を示すようになった」
「はい」
「しかしヘンリエッタ様は、殿下を避けるようになり……変わらずわたくしを応援してくれていました。ヘンリエッタ様のことですから、わたくしが殿下をお慕いしていることも見抜いていたのでしょう。わたくしのアピールをなぜかヘンリエッタ様が始めていることもありましたから」
「それは……ヘンリエッタ様は流石ですね。いろいろな意味で」
「ええ。普通はライバルとなるのだから、そんなことはしないはずなのですけれどね。本当に面白い方」
そう言うパトリシアの琥珀の瞳は、今にもこぼれ落ちそうなほどに潤んでいた。




