わたくし、自己中ですわね
わたくしの言葉を聞いた殿下は、黙り込んでしまった。
わたくしもなんだか面倒臭い話をしてしまった気がする。
話の趣旨もずれている気がするし。
「少し話がずれてしまいましたが、わたくしの結論といたしましてはあの場合はああすることが最適解でした。そこで仮にわたくしが死んだとしても、後悔はありません。むしろ、皆様を守れたことを誇りに思って満足しましたわ」
「……」
「ですから残念ながら殿下の望む反省はできそうにないですわね」
そう言いながら、けれどこれが万人の考えでないことも理解している。
きっと大多数の人たちは、誰か1人かけることを許せない。前世でもトロッコ問題という形で話題に上がっていたわね。
トロッコの分かれ道の先には、5人と1人ずつの人間が立っている。どちらかを犠牲にしなければいけない時、果たしてどう動くべきか。
人数を多い方を助けるのが正義なのか。けれど1人の方が何よりも大事で、5人が赤の他人だった場合。果たして5人を助けるのが正解だとして、それを選べるのだろうか。大切な人を失い、その後の自分の人生が真っ暗になってしまう。それを許容できるのだろうか。
これは簡単に答えを出せることではない。
「ヘンリエッタ嬢は……」
殿下は何か言いたげにして、しかし言葉がまとまらないのか口を何度も開けては閉じている。
わたくしは、ただ殿下を見つめた。
「ヘンリエッタ嬢は、死にたがりというわけではないのかい?」
「もちろんですわ。矛盾していますが、わたくしの大切な人たちを悲しませたくはありませんもの。確かにわたくしがあの時死んでいれば、この侯爵家も闇に包まれたようになっていたでしょう。それはわたくしの望むことではありませんわ」
わたくしはこの世界で、大切な家族や友達とおばあちゃんになるまで生きていきたい。それも紛れのないわたくしの本心だ。
けれど大切な人のためなら、わたくしの命すら捨てて見せる。なんて矛盾。
悲しませたくないと言ったその口で、体で、わたくしは周りを悲しませる行動をとっていた。
なんて自己中な人間だ。
そう思ったら、笑いが込み上げてきた。急に笑い出したわたくしに、殿下は不思議そうにしている。
「……急にどうしたんだ?」
「申し訳ありません。なんだか、自分がとても自己中であることに気がついてしまって。最低ですわね。ふふっ」
「……そんなことはない」
そうかしら? 結局は自分の思うように周りを振り回しているだけな気がするのだけれど。
と、殿下の顔が離れる。ようやく解放してくれる気になったのかと思いきや、違った。
体が重い。動けない。
首筋がくすぐったい。
「で、殿下。それはダメですわ。婚約者候補に過ぎないわたくしに、過度な接触はいけません」
殿下がわたくしを抱きしめている。いや、縋られていると言った方が正しいかもしれない。
肩口に顔を埋められて、髪が首筋に触れてくすぐったい。
未婚の男女が、しかも婚約者でもないのに抱き合うなんて醜聞になってしまう。
殿下が震えているのは気がついているけれど、殿下の名誉のためでもある。離れてもらわないと。
なんとか殿下の体を押そうとするけれど、ますます腕がきつく巻きつく。
そして首筋が冷たくなっていくのに気がついてしまい、とうとう抵抗ができなくなってしまった。
腕から力が抜けてソファに落ちる。
「君が魔物に向かって行ったとき……あの時ほど自分の無力を嘆いたことはない。君に魔物の爪が振り下ろされた時の、絶望感は今でも夢に見る」
声が震えている。
何か言いたいけれど、苦しくて言葉が出ない。けれど、腕を外してほしいとも言えない。
「君は……ずっと僕の先にいるような気がして……追いついたと思ったのに、また僕を置いていく」
ぐっと胸が詰まる。
「みっともなくていい、それで君を繋ぎ止められるなら。だからお願いだ。僕を置いていかないでくれ」
それは重圧を背負った、王子の言葉ではない。
15歳の青年の叫びだった。ただのフレディとしての叫びだった。
わたくしは腕を殿下の背中に回す。わたくしもあらん限りの力で抱きしめ返す。
「殿下……わたくしは、今、ここにいます。ここに、生きております」
震える背中をさする。わたくしはここにいると示すように。




