雲行きが怪しくなってきましたわ
「まあ、そこは気にしなくていい。私の指示だ。どちらかというとトミーは巻き込まれたという感じだね」
「どういうことですか?」
「それを分からないのが問題だよ、ヘンリエッタ嬢」
殿下はにこやかに言うが、そこで分かる。
殿下はずっと笑顔だけれど、後ろに禍々しいオーラを背負っている。お、怒っていらっしゃる……!
何に? ここ2週間は会ってすらいないから、怒らせた原因が全く分からない。
わたくしが原因なのは、流石にわかったけれど。
ここで更なる追い討ちが。
「そうだ、トミー。私に庭を案内してくれないでしょうか。スタンホープ侯爵家の庭園は見事だと聞いていて、気になっていたんですよ」
「ダニエル様?」
なぜそこで退室しようとする? しかもトミーを伴って。
「……これからのことが容易に想像できるので、退室したくないのですが」
トミー‼︎
「殿下だけにその役目を渡すわけにはいきません」
あれ、なんだろう。トミーが味方じゃない気がしてきた。
「まあ、そういうだろうとは思っていたけれどね。良いじゃないか、後でトミーも言えば。時間差でわかってもらうのも手だと思うけれど?」
「……」
だからなんの話ですか。わたくし以外の方はわかってるようなので、すごい疎外感。あと、嫌な予感しかしない。
「わかりました。殿下と2人きりも本来であれば、お邪魔したいところですが今回のことで僕も思うところがあるので譲ります」
「え」
嘘でしょう?
「ではダニエル様、案内しますよ」
「よろしくお願いします」
「待って、トミー!」
そしてトミーとダニエル様は退室してしまった。
そして部屋にはわたくしと殿下だけに。未婚の男女が2人きりにならないようにエマを含めた侍女はいるけれど、彼女たちは空気と化している。
「さあ、ヘンリエッタ嬢。座ってくれ。たっぷりと話し合おうじゃないか」
「………………仰せのままに」
頷かなかった場合の反応が怖すぎるので、大人しく向かいのソファに座る。
なんだろう、トミーたちがいなくなってからさらに禍々しいオーラが出ている。
え? 魔王にジョブチェンジしました?
「ヘンリエッタ嬢? そんなに怖がる必要はない。でも僕が怒っている理由は察してほしいなあ」
久しぶりに殿下の一人称が変わっていらっしゃる。前回のことといい、この状態の殿下に恐怖しか感じないのですが。
怖がるななんて、無茶な注文である。
しかし答えないことには、状況が良くならないことは必至なので頭をフル回転させる。
とりあえず最近の話ではないだろう。会ってすらないのだし。
考えられるとしたら、引きこもりになっていたことだとは思うけれど話の流れ的に違う。
ということは、演習の時……?
やばい、必死すぎて記憶があやふやかも。
あの時は……うーん。
「……メアリー様を引っ叩いたことでしょうか」
あ、間違った。殿下火属性の使い手のはずなのに、部屋の温度が下がった。
ここって南極だったっけ? いや、この世界に南極はないわ。
「今までヘンリエッタ嬢は、空気を読んだ上ですっとぼけた返事をしているかと思っていたけれど違うのかな?」
そんな返事のしづらい質問をしないでくださいまし。
今までは読んでいましたよ? いや、今も全力で読もうとしていますよ? 外れましたけれども。
そんなわたくしの心情は、殿下には丸わかりのようだ。
大きくため息を吐かれた。
もうわたくしどうすればいいの。誰か助けて。
「本当に分からないんだね。まあ言っておくと、あの状態でメアリー嬢を叩いたのは間違っていなかったと思うよ。それでメアリー嬢も正気に戻ったし、僕は立場上叩けないからね。本人もあの時の一撃で目が覚めたと言っているし」
そうじゃなくて、と言った瞬間。殿下の姿が消えた。
正確には、素早く移動してわたくしの顔の横に手を置いてソファに押し付けられた。
早すぎて、全く反応ができなかった。
それよりも、これはまずい。あまりの近さに俯いたわたくしを、逃さないと言わんばかりに顎を手で持ち上げられ強制的に目を合わせられる。
「僕はね、あの時君が死のうとしたことに怒っているんだ」
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