殿方は淑女が準備に時間がかかる事を理解してください
入室許可をして、入ってきた侍女は少し緊張した面持ちだった。
「まあ、今日はパトリシア様もメアリー様も来れないと伺っていたのだけれど?」
「いいえ、来客は別の方です」
「ではどなたかしら?」
「フレディ殿下です」
伺いも立てずに王族来ちゃった。
いや、わたくしが知らないだけでお父様は知っているのかも。
でもそれなら、お父様からこちらに説明があるはず。そういうところはしっかりしているし。
え? わたくし出迎えるの?
わたくしの今の服装は、シンプルなワンピースだ。部屋着として使っているし、流石にこれでは殿下への応対は出来ない。
「今から準備すると、時間がかかってしまいますわ。急いで準備しても間に合うかしら……。後どのくらいで着くの?」
「いえ……もう応接室でお待ちです」
「なんですって⁉︎ いえ、ということはお父様に用事かしら?」
「いいえ、お嬢様に会いに来たと。旦那様も慌てていました」
「本当にお伺いなしですの⁉︎ 殿下にしては珍しいことを!」
「待つから気にせず準備してほしいとのことです」
「気にしますわ! 殿下をお待たせするなど! ああ、もう。急がなくては。エマ、手伝ってちょうだい。貴女も、申し訳ないけれど手伝っていただけないかしら」
「承知いたしました」
伝言役の侍女にも申し訳ないが手伝ってもらう。じゃないと時間がかかりすぎる。伝言役の侍女は一度、報告のために退室した。
パトリシア様やメアリー様であれば、多少ラフな格好でも許される。それは関係値があるからだ。同性だし。
けれど殿下は男性、しかも王族である。中途半端な格好で出迎えるなんて、我が侯爵家の品位に関わる。
しかもお化粧もしていない! これは最低でも1時間はかかるわ!
急に慌ただしくなった、わたくしの部屋。
エマはテキパキと服を選んでくれる。侍女も戻ってきた。早い。
「お嬢様、こちらの紺のドレスはいかがでしょう? 着るのに時間かかりませんし、アクセサリーをつければ問題ないかと」
「そうね。さすがエマだわ。アクセサリーはパール系かしら」
「はい。髪型はサイドに髪飾りをつけるだけでもよろしいかと」
「けれどシンプルすぎるのも手を抜かれたと思われるかもしれないわ。編み込み……は時間かかるわね」
「それでしたら、化粧をしながら髪型を整えれば時間削減になります」
「私、編み込みはできます。エマさんが化粧をしてくれれば、その間にやります」
「ありがとう。ではそのようにお願い」
2人の連携は素晴らしかった。
普段、エマだけに準備を手伝ってもらっていた。別に時間はかかっているとは思っていなかったけれど、1人増えるだけでこんなに違うんだ。
あっという間に出迎えスタイルが完成した。タイムは45分。すごい。いや、タイムアタックしてたわけじゃないのだけれど。
「すごいわ。ありがとう」
「お嬢様を飾り立てるのが私の役目。当然でございます」
「では、いってらっしゃいませ」
伝言役の侍女は、その場に残りエマとともに応接室に向かう。
扉の前の執事に声をかけて、開けてもらった。
「殿下、遅くなってしまって申し訳ありません。お久しぶりです」
「ヘンリエッタ嬢、怪我も治ったようで何よりだ。こちらが急にきたのだから気にしなくていいよ。むしろ慌てさせてしまったようで申し訳ない」
部屋には殿下だけでなく、ダニエル様もトミーもいた。
お父様はちょうど席を外しているらしい。
「殿下も療養されていたようですが、怪我は宜しいのですか?」
「ああ、療養していたのは3日間くらいだしね。その後は事件の事後処理に追われていたんだよ。中々2人の見舞いに来れなくて申し訳なかったね」
「え」
なんと。わたくしは殿下が忙しくしているのに、のんびり部屋でくつろいでいたということ……⁉︎
お父様の意向もあったとはいえ、非常に不味いのでは?
「それは……申し訳ありません。わたくしも当事者の1人ですのに、学園も休んでいて」
「トミーも同じことを言っていたな。2人とも怪我の具合でいえば、他の人たちより酷かったのだから当然だよ」
そういう問題ではない。断じて。
その考えはトミーも同じだったらしく、ようやくトミーの表情が青ざめているのに気がついたのだった。




