イベント【魔物襲来】②
戦闘描写、怪我の描写が入ります。
苦手な方はご注意下さい。
このままでは全滅の可能性がある。
殿下がそばにやって来る。
「ヘンリエッタ嬢、パトリシア嬢とメアリー嬢を連れて逃げてほしい」
この中なら殿下が1番に逃げないといけないのに、真剣な瞳でそんなことを言った。
殿下はわたくしより分かっている。もう戦況はめちゃくちゃで、この大群を退ける方法が無いと。
けれど、本当に逃げることが正解なのだろうか。
「ダメです‼︎ わたしがっわたしが囮になります! だからみんな逃げてください」
悲鳴のような声をあげて、殿下に縋り付くメアリー様。
けれど殿下はふわりと笑った。
「いいや、令嬢にそんなことさせるわけにはいかない。まだ私は魔力も余裕がある。時間稼ぎは私の方が向いているよ」
「嫌ですっ! これは私のせいなんです! ここまで巻き込んだのに、それなのに、命も犠牲にするって言うんですか⁉︎ 私がちゃんと魔術を扱えればこんなことにならなかったんです! これは私の責任です!」
大粒の涙を流して、必死に殿下を止めるメアリー様。
ああ、どうすればいいのだろう。皆努力していたのに。それでも足りなかったのか。
「メアリー嬢。君はよく頑張った。その姿は私が1番見ている。それでどうして君を責めることが出来るだろう。これは私の認識の甘さが招いたことでもあるんだよ。責任は私にある」
「なんで……なんで皆そう言うんですか……っ。言ってくださいよ! 私がダメなんだって‼︎ 私を責めてくださいよ! その優しさが辛いんです! いっそ罵ってくれた方が楽なのに‼︎」
「っメアリー嬢!」
会話に夢中になってしまい、反応に遅れた。殿下が咄嗟にメアリー様を庇う。
「殿下‼︎」
「っだい……丈夫、だから、逃げるんだ」
頭から血を流す殿下。意識はあるけれど、脳震盪を起こしていてもおかしくない。
「殿下! もういやぁっ。なんでこうなるの! どうして使いこなせないの!」
「メアリー様っ」
錯乱状態に陥ってしまった。どうすればいい?
殿下はわたくしを見る。片方の目に血が入ってしまったらしく、閉じているがもう片方の目が雄弁に語っていた。
殿下を置いて逃げろと。
わたくしは、大きく息を吐く。殿下は少し安心したようだけれど、殿下が思っていることじゃない。
「メアリー様」
「うっ……ううっ……私は、私は」
「メアリー・キャンベル‼︎ しっかりしなさい‼︎」
わたくしは片手を高くあげ、メアリー様の顔目掛けてフルスイングをする。
喧騒の中、鋭い音がやけに耳についた。
頬を押さえて、メアリー様は呆然とこちらを見る。
「今の貴女のすべきことは何? そうやって運命に悲観して、泣き叫ぶことなの?」
「ヘンリエッタさま……」
「今の貴女は、ただ自分が悲劇のヒロインであると言うことに酔っているだけよ。そんなんじゃ魔術なんて使いこなせるわけがない。雑念に塗れているもの。魔術は自分をまず信じるところから始まるのよ」
「……」
「いいでしょう。このわたくしが、お手本を見せてあげるわ」
「ヘンリエッタ嬢……っ。何をするつもりだ」
そこで殿下が焦燥感を募らせた声で問いかけてきた。
全く、ここは突っ込まないでいただきたいわ。せっかく格好つけているのに。
「何を……ですか。わたくしは王家の忠実なる臣下。王家を守るためにこの身を捧げることができるのなら本望ですわ」
「やめるんだ……! お願いだ、逃げてくれ!」
「それでしたら、わたくしを力づくで止めてくださいな」
もう振り返らない。もちろん殲滅できるとは考えていない。
魔術書で読んだ、水属性最大の魔術。
魔力の消費量が尋常ではなく、成功してもダニエル様のように魔力切れで動けなくなるだろう。
一度も使ったことがなく、成功する確率は低いであろう。
それでもやるしかない。これでメアリー様の気持ちも立て直せればそれでいい。
「災となるモノを渦紋に連れて行け【水禍】」
災いを災いで潰すなんて、魔術を考えた人は割と脳筋かもしれない。
魔物だけでなく、周囲の木々や岩も飲み込んでいく。魔物は一部水面に顔を出そうともがいているが、甲斐なく沈んでく。
魔術が治まったあとは更地となっていた。本当に災害レベルの魔術だ。
魔力切れで体が重い。本能が逃げろと警告しているけれど、立っているのがやっとだ。
殿下達の声が聞こえる。どうやって逃れたのか、熊タイプの魔物の爪がやけにスローモーションで振り下ろされた。




