なんとかなりました
ワイバーンは、苦しそうな咆哮をあげる。明らかに動きが鈍い。
伯爵令息がいつもより威力が高いと驚いていたので、おそらくわたくしの水魔術との……というか濡れた状態で雷に打たれたのがこちらにとっては良かったのだろう。
「さあ、今のうちです。逃げましょう」
もう慎重になんていられない。とにかく、ワイバーンの索敵圏内から離れなければ。
4人で走り出す。
この感じでは、他のチームも魔物と戦っているかもしれない。皆大丈夫だろうか。
頭の中に入れた地図を思い出す。殿下達との合流地点は、さほど遠くない。それならば団体行動の方が生存率は上がるか。
初めはチームメイトを避難させようかと考えていたけれど、やはり甘くなかったようだ。
「こっちに行きま――」
その言葉は最後まで続かない。ワイバーンが起き上がり、こちらを見ていたから。
皆は気がついていない。ワイバーンはこちらに向かってくる。その様子がスローモーションで見えた。
皆が気がついて振り向いた頃には、ワイバーンは近くまで迫っていた。
咄嗟に皆の前に出る。
「我に仇成すモノを貫け 【環流】」
殿下達と練習を始めた頃、威力が不十分だった魔術。けれど極限状態で放たれたそれは、今までで一番の威力とスピードでワイバーンに向かっていった。
ワイバーンもまた、トップギアでこちらに突進してきていた。
2つが衝突し、ワイバーンの腹部に風穴が空く。ワイバーンは断末魔を上げて地面に倒れ込み、動かなくなった。
あたりを静寂が包む。聞こえるのは自分の呼吸音だけ。
「た、倒した……」
呆然としたその声は誰のものだったか。
その言葉に我に帰ることができたわたくしは、3人を振り返る。
「……皆様、お怪我はありませんか?」
「……それはこちらのセリフです」
伯爵令息の言葉に思わず笑ってしまう。わたくしだって、倒せるなんて思っていなかったもの。
それ以前に、令嬢が前に出ることもあまり無いことではあるけれど。
「……とりあえず、行きましょうか」
その言葉には反論されなかった。
既に演習以上の魔物と2回も出会しているため、緊張状態が続いている。
時間もどのくらい経ったか、よくわからなかった。
その心境を代弁するかのように、子爵令息が言った。
「それにしてもまだ、この空間を作っている教師達に話が行っていないのでしょうか。このような異常事態、すぐに話が行って対応するべきものだと思うのですが」
空間を作っている教師達は、基本別室で魔術に集中している。
色々理由はあるけれど、一番の理由はそれほどの集中を要するためだからだ。
集中しなければ、魔術は維持できない。だからこそ、集中しやすい環境になっているらしい。
そのことから、確かに報告してこの魔術を解くのは時間がかかるだろう。それでも時間がかかりすぎているのではとも思う。
わたくしはそちらの方でも、何かが起こっているのではないかと思う。
例えば連絡係が、敢えて報告をしていないとか。はたまた現地で観察している教師も戦闘していて、報告できていないとか。
色々考えられるけれど、今のわたくし達は関与できない。考える前に合流地点に急ごう。
「今はとにかく、安全な場所に避難することが最優先ですわ。けれどまだ距離があることですし、他のチームメイトとも合流できることを願ってあちら側に行きましょう」
そう言って歩き出す。
またいつ魔物が出るかわからないので、わたくし達に余裕はなかった。
無言で進んでいると、わたくし達の足音とは違う音が聞こえてきた。全員の動きが止まる。
緊張で空気が張り詰めていくのが、ありありとわかった。
「……魔物でしょうか?」
「否定できないわね。少し距離をとりましょう」
伯爵令息の言葉に頷き、低木の影に入る。
森の中なので、よほどのことがない限り見つからないはず。
それでも、安心は出来ない。誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
ガサガサと聞こえていた音は一度止まった。物音ひとつ立てれば、バレてしまいそうな心境。
と、こちらに音が近づいてくる。バレた?
子爵令息が立ちあがろうとした時――
「姉上! 姉上ですよね⁉︎」
その声に思わず立ち上がる。そこにいたのは。
「トミー!」
頭に葉っぱをつけたトミーだった。




