事件発生です
「ん……」
体が重い。ここは何処だろう。頭が働かない。
目の前には見慣れた天井。自分の部屋のベッドにいるらしい。いつ寝たんだっけ?
確か……そう、鬼ごっこをしていた。足を捻ってしまったんだっけ。そしてトミーが――
「っトミー!!」
モヤが急に晴れるように意識がはっきりする。ガバリと飛び起きた。
部屋には誰もいない。ただなんとなく慌ただしい雰囲気が感じられる。とにかく状況を確認しようと布団を跳ね除けた。
捻ったはずの足首はいつもとなんら変わりはない。思ったより軽傷だったのか、それともそれほど意識を失っていたのか。
部屋を飛び出し、騒がしい方へ走る。
「トミーは、トミーは大丈夫なんですか⁉︎」
聞いたこともない、切羽詰まったお兄様の声が聞こえる。お母様が落ち着くよう諭すのも聞こえた。
お兄様達はお父様の執務室にいるらしい。不作法なのは承知の上でノックもせず、扉を開け放った。
「! へティ、目が覚めたのね、どこか痛いところはない?」
「はい、わたくしは大丈夫です。それよりも、トミーは? トミーに何かあったのですか?」
部屋にはトミー以外の家族がいた。暗い表情に嫌な予感が頭をよぎる。
「落ち着きなさい」
常より低く、重いお父様の声が響く。お出迎えの時よりも重い。眉を寄せて腕を組んでいたお父様は、その腕を解き深く息を吐いた。
「先に言うとトミーは無事だ。一時的な魔力の欠乏で寝ているが、特に問題はない。お前たちも、それによる怪我はないそうだ。へティの捻挫は治癒魔法で治っている」
だから足首がなんともないのか。しかし、今は自分のことよりトミーのことが知りたい。
「魔力の欠乏? なぜです? あの時、何が起こったのですか?」
わたくしの疑問をお兄様が聞いてくれる。
「最近の研究で、精神の不安定さが魔力暴発のきっかけになることが証明されている。トミーはあの時、魔力を暴発させてしまったんだよ」
魔力暴走。あれがそう言うことらしい。
「しかし、父上。それならなぜ僕たちは怪我がなかったのですか? 魔力暴走は生身で受けると無傷ではすまないそうですが」
「それはトミーに私がお守りがわりの魔術を施していたんだ。魔力の安定を図るのが主な目的で、万が一魔力暴走が起きても抑えられるように」
本来ならそれだけで魔力暴走は起きないそうだ。しかし、トミーの魔力の勢いが、それを上回ったという。
完全には無効化できなかったが、威力は抑えられたのでわたくしたちは傷ひとつ負わなかったそうだ。
「トミーが魔術を食い破るほどになったのはおそらく魔力保有量の問題だけではなく、それほどまでに感情が揺さぶられたからだろう。護衛の話ではその直前にへティが転んで捻挫したから、そのことが原因ではないかと考えている」
「……でも、足を捻っただけです。それでそこまでになるでしょうか?」
お兄様が質問を重ねる。正直、声を出せば震えそうなのでありがたい。立っているはずなのに、足元がおぼつかない。
お母様がそっと、肩に手を置いた。服越しに伝わる暖かさ。
「わたくしたちもトミーと詳しい話はできていないわ。だからこれは推測だけどへティが転んだことで、彼のトラウマを刺激してしまったのではないかしら」
震える体をお母様がそっと抱きしめてくれる。震えが少しずつ収まってくる。
「トミーが目を覚ましたらお話をしましょう。何もわからないまま憶測で話しても、実のあるものにならないわ」