前世の記憶は時として障害ですね
「っ⁉︎ 違います‼︎ 私はそんなつもりじゃ……っ」
「今の言い方ですと、そう取られてもおかしくありませんわ。……ヘンリエッタ様が口を挟んでこないのも良い証拠です」
「っ……」
バッとこちらを見るメアリー様。わたくしはただ、その瞳を見つめ返した。
そのブラウンの瞳に膜が張っていく。
もしかしたら。メアリー様は無意識の領域で、わたくしとパトリシア様を‘’その少女は光となって道を照らす‘’の登場人物と重ねているのかも知れない。
メアリー様も幼い頃から、前世の記憶を思い出していた。割り切る術も身に付けたけれど、あくまでゲーム開始前の話。
多分、メアリー様にとってわたくしとパトリシアは大きな存在なのだろう。だから違うと分かっていても、無意識に考えてしまう。
本当に2人は味方なのかと。いつか裏切るのではないかと。
無意識に。本能で。
それは、乙女ゲームという舞台を知っている者特有の葛藤なのかも知れない。特に好きなものであれば、設定からセリフから世界観から頭に入っているはずだし、ギャップに戸惑うこともあるかも知れない。
わたくしはわからないから想像でしかないけれど。
それならば、納得がいく。けれどわたくし達は、特に何も知らないパトリシア様はショックなことだ。
「メアリー・キャンベル男爵令嬢」
「っはい」
「市井の生まれで、母親と協力して生活していたけれど、病で亡くしてしまう。その後キャンベル男爵と出会い、養女として引き取られるがうまく信頼関係を築くことが出来ていない」
「え?」
突然のわたくしの言葉に、目を白黒させているメアリー様。わたくしは構わずに続ける。
「けれど努力家で貴族の教育の傍、魔術学園の特進クラスに入れるほどの実力を持つ。周囲から侮られていたけれど、パトリシア・ディグビー公爵令嬢とヘンリエッタ・スタンホープ侯爵令嬢の友人になったことで、下火となる。性格としてはどこか自信のなさが目立つ。たまに奇声を上げるのが、ヘンリエッタ同様にたまに疵。けれど所作は丁寧で美しく、言葉遣いは貴族に準じたものから外れているとはいえ、相手を思いやる気持ちが大きい」
「あ、あの」
「それから、ダニエル・バーナード公爵子息に憧れ以上の感情を抱き、まともに会話することが難しい。キャパオーバーすると、沸騰してしまうので意識を飛ばしてしまうこともしばしば。そんな様子を見てダニエル様は距離を取ろうとするが、ヘンリエッタを筆頭に何かと近づけようと画策中である」
「え⁉︎ そんなことになっていたのですか⁉︎ それより突然どうしたのですか?」
メアリー様は顔を赤くしながら、わたくしの口を物理的に塞いだ。恥ずかしさに耐えられなかったのだろう。
わたくしが静かになったところで、メアリー様はゆっくり手を離した。
その表情は迷子の幼子のようだ。
「今のメアリー・キャンベルですわ。わたくしが知っているメアリー・キャンベルはこのような人ですの」
「わたくしも、おおむねそのような人柄と判断していますわ」
「お2人とも……」
パトリシア様も同意し、メアリー様はついに一筋雫をこぼした。
「まだ1ヶ月程度と、共に歩んだ時間は確かに短いものですわ。けれどわたくし達は、こんなにもメアリー様のことを知っています。それは逆のことも言えると思いますの」
「メアリー様が、貴族にどこか線を引いてしまうのは仕方ありません。元が市井の生まれならば、どうしても貴族という生き物は恐怖の対象であることが多いですから。特に学園に入学してからは、その感情が強くなってしまったかも知れませんわね」
パトリシア様のいうことも、ごもっともだ。
特にわたくし達は王国でも筆頭貴族として名を連ねている。その気になれば平民の家など跡形もなく消し去ることができる程の力がある。
「だからこそメアリー様にとって、‘’お友達‘’のパトリシアとヘンリエッタを見ていただきたいですわ」
パトリシア様の言葉に同意を示すように、わたくしは笑った。




