メアリー様を知りたいのです
茶番を繰り広げたことで、メアリー様も少しは気を抜くことが出来たようだ。笑顔が以前の素敵な笑顔に戻っている。
「ふふ、メアリー様、素敵な笑顔ですわ」
「あ」
メアリー様は、そう言うと俯いてしまった。だから、その両手を包み込むように握る。
「ヘンリエッタ様?」
「メアリー様、どんな時でも笑うことは素晴らしいことだと思いますの」
「……」
「たとえ、明日世界が滅びるとして、その時悲嘆に暮れるのは物語の締めとして美しくありませんわ」
今はきっと、楽しむことを罪悪感と感じてしまうのだろう。けれど、それではただ自分を追い詰めるだけ。
人間に生まれたもとしては、どんな人生を歩もうと最期は笑って終わりたい。きっと誰もが願うことだろう。
だから、そんなに自分を責めないで。
「メアリー様、わたくし達は貴女を完全に理解することはできませんわ。ねぇ、メアリー様は最近ご自分の話をわたくし達にしてくださらないでしょう?」
「あ……」
「気持ちって目には見えないのです。言葉にしなければ伝わりませんわ。もちろん言えない理由を想像することは出来ます。けれど少なくともわたくしとパトリシア様は、メアリー様を理解したいと思っております」
「ヘンリエッタ様……」
「わたくし達は待ちます。メアリー様に話す勇気ができるまで。ずっと待っております」
「……はい」
そこで手を解き、にっこり笑った。そしてお茶を口に運ぶ。
「今はこのお茶を楽しみましょう? パトリシア様が淹れてくださるお茶を飲める機会なんて、そうそうありませんわ。しっかり堪能しなければ勿体無いですわ」
「ええ、仕方ありませんからヘンリエッタ様にも淹れて差し上げましたわ」
「頂戴いたします。もう飲んでいますが。さあ、クッキーもどうぞ」
わたくし達が普段通りに振る舞うのを見て、メアリー様もゆっくりお茶を口元に運ぶ。
しばらく静かな時間が続く。わたくしとパトリシア様は、大袈裟にならないように普段通りの会話を続けた。
「ヘンリエッタ様、このクッキーこの間と少し味が違いますわね。何か柑橘類を入れていますの?」
「その通りですわ。蜜柑の皮を乾燥させたものを細かく刻んで練り込んでおりますの。食後ですし、あまり重くならないようにと考えたのですわ」
「清涼感があって、確かに食べやすいですわ。パウンドケーキにドライフルーツを入れるのはありますけれど、クッキーにも合いますのね」
「領地の視察で訪れた店で知りました。そちらもとても美味でしたわ」
メアリー様はお茶を飲み、クッキーにも手を伸ばす。噛み締めるようにクッキーを食べて、カップの中身も空にした。
ソーサーに戻す音から少しして、注意しなければ聞こえないくらいの小さな声が聞こえた。
「……お2人は……どうして責めないのですか?」
「責める?」
メアリー様の言葉に、パトリシア様は眉間に皺を寄せた。そんな姿も様になる。
「こんなに、皆さんに助けていただいているのに、未だに初級の光魔法すら安定しなくて……もう時間がないのに」
「どうして努力している方を責めることができましょう」
パトリシア様の言葉に、メアリー様は顔を上げる。その瞳は左右に揺れている。
「例えば、メアリー様が練習をサボって、それで出来ないと嘆いているのならば。それはわたくしは見放しますわ。そんな者に構っているほど暇でもありません。公爵家の令嬢たるもの、時には冷酷な判断も必要ですから」
「……」
「ですが、今までのメアリー様を見て、誰が責められるでしょう。その資格を持つものがいるとすれば、それは一体どれほどの者でしょう。わたくしから見れば、それはメアリー様を見ていない愚か者に過ぎませんわ」
パトリシア様は怒っている。それを感じたメアリー様は萎縮してしまっているが、わたくしは仲裁に入らない。
正直、パトリシア様と同じ気持ちだから。
なぜならメアリー様のその意味は。
「メアリー様にとって、わたくし達はそのような愚か者に見えると言うことなのですね」
そう言っているのと同義だから。




