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前世の記憶が蘇りました

 夢を見た。

 ここではない世界。見た事もない数々のもの。

 馬車より速く、揺れない箱。

 今の魔法では決して出来ない、大人数を乗せて運ぶ巨大な鳥。

 それを当たり前として生活している自分。

(あれ?(わたくし)は――)

 私は誰?

 場面が変わる。縞々の道を歩いてると誰かの悲鳴が聞こえる。不思議に思い、そちらに視線を向けると箱が‘’私に‘’迫ってきていて――

――暗転――





「――――っつ!!!」


 飛び起きた。心臓がバクバクと口から出てきてしまいそうな感覚。酸素を求めて必死に呼吸する。全身ベタベタして、でもそんな不快感が気にならない位に思考がまとまらない。寒くないのに全身が震える。

 纏まらない思考のまま手のひらを見つめる。夢より小さな手。


(私っ…わたくしは…誰? わたくしは――)


 ただ衝動に任せて髪を掻きむしる。口から獣のような咆哮が出ているのだと思う。自分の体なのに何もかもがわからなかった。

 体が何かに包まれる。その温もりすら恐ろしくて暴れた。

 暴れて、ふっと体から力が抜ける。最後に見えたのは綺麗な翡翠だった。





 わたくしはヘンリエッタ・スタンホープ。

 自然の豊かさと魔法の強さから諸外国からも一目置かれている、ナトゥーラ王国の侯爵家の長女だ。

 それは今世の自分。

 どこか現実感がないまま、ふわふわと浮きながら下を見下ろすと黒髪の女の人が楽しそうにはしゃいでいる。周りにも人はいるのだが、靄がかかったように詳しい造形はわからなかった。唯一分かる女の人は‘’自分‘’であると悟った。理屈なんてない。魂がそうであると叫んでいるのだ。

吸い寄せられるようにその女の人へ近づいていく。何も考えられないままその人に手を伸ばす。触れた瞬間、その人は溶けるように自分の中へと入ってきた。

 その人とヘンリエッタが一つになった時、ストンと一つの答えに辿り着く。


(ああ、これは‘’前世’‘の記憶だわ)


 込み上げて来る暖かな感情。


(幸せだった。もっとみんなと一緒にいたかった。でも――)


 友達と別れ、一人帰る途中。横断歩道を渡っていたその時、車に轢かれた。迫り来る鉄の塊に恐怖を感じる前にブラックアウトした。


(どうやら交通事故で死んだのね。ということはこれは前世で言うところの転生?そんなバカなと言いたいけど自身が経験してる以上、これは現実……。)


 そこまで考えてふと気づく。


(あれ? そういえばわたくし、今どういう状態なのかしら。これは夢のような感じなのよね? 現実に戻りたいのだけどどうすればいいのかしら)


 思考はだんだんクリアになっていくにつれて今の異常さに気づく。この状態になる前の記憶があやふやだ。

 だが戻りたいと思ったその瞬間、目の前に光が現れる。緑のような青っぽいような不思議な光。そしてヘンリエッタを呼ぶ声。

――その光に包まれる――




 ゆっくりと目を開ける。視界に映るのは見慣れた天井。それから――


「へティ? 目が覚めたの?」

「お、かあ、さま」


 掠れて喋りにくい。それでも目の前の母はちゃんと聞き取ったらしく、瞳を潤ませて両手でヘンリエッタの右手を包んだ。


「ああ…っ。よかった…っ。目が覚めたのね。1週間も目を覚さないから、もう…心配で」


 そして近くの侍女へ家族に知らせるよう指示を出した。

 起きあがろうとするが、うまく力が入らない。お母様が背中を支えてくれて起き上がることができた。


「大丈夫?ゆっくりで良いのよ。ああ、喉が渇いてるんじゃない? お水飲めるかしら?」


 そう言ってサイドテーブルの上にある水差しから水を注いで渡してくれた。

 水を見た途端に喉の渇きを覚え、一息に飲んだ。息を吐いて、先ほどよりはっきりした声でお礼を言う。


「ありがとうございます。お母様」

「いいえ。それより、体調は大丈夫かしら? 医師が来るまでまだ時間があるのだけど」


 そこまで言ったところで扉の向こうが騒がしくなる。ノックもせずに転がり込んできたのはお父様とお兄様だった。


「へティ!! 起きたというのは本当か!! お前にもしもの事があったら私は…!」

「ああ、へティ、僕の可愛い妹。どこも辛くないかい?」


 今まで見たことのない2人の狼狽えた姿に驚いて声も出せずにいると、お母様がわたくしを守るように立ち塞がった。


「落ち着きなさいな。目覚めたばかりでそんな大声を出したら良くないでしょう。それにノックもせずに入るなんてマナーがなっていませんわ」

「うっ…! す、すまないアメリア」


 お母様に怒られてお父様――アレキサンダー・スタンホープ――は小さく縮こまっている。すぐに反省した様子を見てお母様――アメリア――はすぐに「心配するのは分かりますけどね」と微笑んだ。


「僕もごめんね、へティ。とにかく目が覚めて良かったよ。どこか辛いところはないかい?」

「はい、お兄様。特におかしな所はありません」


 そういうとアルフィーお兄様は紺碧の瞳を柔らかく和ませた。

 表面上はにこやかに受け答えしているヘンリエッタだが――


(はあああああ……! 前世の記憶が蘇って思ったけどうちの家族顔面偏差値高すぎない⁉︎ 眼福なんですけど⁉︎)


 心の中は大暴れしていた。

 わたくしがいつも通りなのを確認して、今度は健康状態も診てもらおうとお父様が医師を呼ぶように手配している。

 普通は馬車で30分ほど掛かるはずなのだが、なんと15分程度でやってきた。恐ろしい速さである。

 一通り体を見てもらい、質問にも答える。最後に言いにくそうに質問された。


「お嬢様は気を失う直前に何かありましたか?」


 その言葉を聞いて思い出した。前世の記憶を思い出した時、半狂乱状態だった。とにかく恐怖で暴れていたのだ。

 そして意識を失う寸前に見た翡翠の光。

 視線を下げると、お母様の腕には包帯が巻かれていた。

 お母様はわたくしの目線に気が付き、慌てて腕を後ろに隠す。翡翠の瞳が困ったように逸された。

 ザッと血の気がひく。


「お、おかあさま、ご、ごめんなさい。あのとき……」

「いいえ、気にしないで。傷も残らないみたいだから。本当は忘れてくれていた方が良かったのだけど……」


 それはわたくしを想っての言葉だ。忘れていたら誤魔化していたのだろう。きっと、暴れた時に引っ掻いてしまったのだ。

 青い顔のまま狼狽えるわたくしをお母様はそっと抱き締めてくれた。

 そしてお父様もお母様ごと抱き締めてくれた。


「私もまだまだだな。お前のただならぬ様子を見て動けなかったのだ。だが、アメリアは真っ先にお前のところへ行ったのだ。いやあ、あの時のアメリアの姿に惚れ直してしまったよ」

「まあ、お上手ですこと」

「父上はすぐに動けたから良いじゃないですか。僕なんて全く気づかなくてお医者様がくる頃に気づいたんですから」

「はっはっは。アルはまだ10歳だ。一度寝たらなかなか起きれないのは仕方がない」

「でも、大事な時はちゃんと動きたいです」

「まあ、おいおいだな」


 わたくしに罪悪感を感じさせないためなのか、戯けたようなやりとりをする家族。ありがたい、ありがたいのだが……。


「う……ぐ、ぐるぢいです……」


 抱擁の強さにギブを訴えたのだった。

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