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第六章

6 (Adolfo side)



「とまあ、事の顛末(てんまつ)はこんな感じかな」


 俺の説明を聞きながらタバコを燻らせていたボス──ダンテは、何も言わずに煙をふうと吐き出した。憂いを帯びたブラウンの瞳が伏せられる。

 相変わらず絵になる男だと思っていると、同じ考えなのかルカは口をへの字にしてダンテに熱い視線を送っていた。このツンデレボーイは内心とは裏腹に表情をムスッとさせるきらいがあるのだ。


「ユキ・サワネは予定通り帰国させろ」

 ダンテのその言葉に、ジャンは軽く首を傾げた。


「いいの? 犯人隠避罪(いんぴざい)に問えそうだし、今は監視をつけているけど」

「少なくとも彼女が捕まることを望む人間はいない。警察側からしても、外国人である彼女をわざわざ立件する程の内容ではないだろう。少なくともピエトロ・ドナーティに(だま)されていた部分はある」

「そう、わかった」


 相変わらずジャンは物事の判断をダンテに委ねていて、彼の意見には忠実だ。二つ返事で廊下にいる部下へと言伝(ことづて)をした。

 ダンテは咥えていた煙草を一度唇から離すと「ルカ、イヴァーノ。助かった」と礼を言う。


「……まあ、仕事だし」

 予想通りの返答。ルカの無愛想な態度は喜んでいる証拠だ。反面イヴァーノは「ありがとうございます!」と素直に笑顔を見せた。


「で、自供は?」

「殺したことは認めてるし、手段なんかも概ね話した。けど、動機だけは何度聞いてもダンマリなんだよなー」

 俺がそう返すとダンテは考え込むように顎に手を当てた。そんな彼の前に、俺は持っていたファイルを並べる。


「それから、気になっている点があるんだ。ほらここ」


 指差したそれはカルロの遺体の写真──手首部分を映したものだ。そう、彼の右手首には不自然に皮膚を切り取られたような傷が存在していた。

 ダンテは写真を手に取り、じっと目を凝らす。


「これはピエトロがやったのか?」

「そうなるね」

 俺は頷いた。

「で、なぜこんなことをしたのか。彼は口を閉ざしてるけど、親御さんの話とユキちゃんの証言を聞いて一つの仮説が立てられる」

「仮説?」

 ルカも興味津々といったように身を乗り出し、ダンテの持つ写真を覗き込んだ。


「ユキちゃんの証言通り、ピエトロの右手首、時計のバンドの下に刃物傷(はものきず)があった。カルロとほぼ同じ形で、恐らく自分でやったんだろう」


 それを聞いて想像したのだろう。イヴァーノは自分の手首を撫でた。その顔は痛みを想像するように顰められている。


「同じ右手首か」

 ダンテは写真を手放すと、短くなったタバコを灰皿に押し付けた。


「親御さんの話によれば、カルロにだけ生まれつき右手首に目立つ黒子(ほくろ)があったらしい」

 ルカが弾かれたように顔を上げた。

「カタリナが言ってた、両親だけが知っている見分けるコツ?」

「その通り。カルロとピエトロは元々は一人の人間みたいにそっくりだった。毎日同じ服を着て、言動も好き嫌いも同じ。いつも一緒に行動していて、誰にも見分けがつかないくらいだった。けれど中学に入ると同時に二人は突然別人のようになった。社交的で明るいカルロと、皮肉屋のピエトロ。カルロは身なりに気をつけて流行にも敏感。対してピエトロは眼鏡でいつも寝癖をつけて、よれたシャツを着た」


するとイヴァーノは「それって誰か変だと思わなかったのかな?」と疑問を口にした。

「急に、なんというか……キャラ(へん)したわけですよね? おかしいでしょ」


 対して俺はかぶりを振った。

「それが、両親や周囲の人たちは不思議に思ったと同時に安心したらしいよ? やっと見分けがつくってさ。それまで、どっちかが悪さをしたってどっちを叱ればいいのかもわからなかったんだから。双子はそれぞれ距離を取り始めたけど、まあ思春期の兄弟仲が拗れるのなんてよくあることだろ。気にしていなかったらしい」

「そっかぁ」

 イヴァーノは納得していなさそうだ。

 ダンテは「それで?」と俺に話の続きを促した。


「母親が違和感を感じたのは──彼らが十二歳のある日のことだと言ってた。カルロと二人で出かけた時、ストリートミュージシャンが演奏していた曲に彼女が『この曲いいね』と反応したらしい。そうしたら後日、ピエトロを連れている時に彼が言い出したんだ。『これ母さんの好きな曲じゃない?』って。その時は流したけど、よく思い返してもその発言はカルロにしかしていない。カルロがピエトロに話して聞かせたのかとも思ったけど、そもそも名前も知らないような曲だし説明の仕様がないはずだ。そうして彼女は考えに考えて──どんどん違和感を見つけていった。時々<話した内容を忘れられる>とか、<片方が怪我をすると不自然にもう片方も同じような傷を作る>とか」


 話を切ると、俺は唇を一度舐めた。これは双子の人生をかけたトリックであり、そして今回の殺人の動機につながっているはずだ。


「そう、双子は入れ替わっていたんだ。数回とかってレベルじゃなく、日常的に。母親が試すように質問をするようになると彼らもそれを察したのか、より綿密(めんみつ)に<引き継ぎ>を行うようになったらしい。ますます完成度が上がってきた。お互いになりすます、ね」


「そんなこと出来るわけない」

 ルカは眉間に皺を寄せた。

 そう、どう考えても不可能だ。けれど実際、彼らは十年近くそれをやってのけた。


「部屋も、服も、友人関係も、全てのものを共有していたんだ。カルロ、ピエトロという存在も」


 俺が畳み掛けるようにそう言うと、ルカとイヴァーノは息を飲んだ。

 

「"ピエトロ役"は腕時計で黒子を隠し、"カルロ役"は手首に黒子を描き足す。そうなるともう、母親にも真実がわからなくなってしまった」


 ダンテは新しい煙草を咥えるとライターで火をつけた。煙を深く吸い込み、吐き出す。顔を少年たちから逸らしたのは多少なりと気を遣っているのだろう。

 ここから先は、俺の蛇足だ。


「生まれた時彼らは確かに別の人間だったろうね。けれど今は? 唯一彼らを見分けられる黒子は消失してしまった。じゃあ、本当に最初、ユキちゃんに声をかけたのは? プロポーズしたのは? 今拘置所にいる彼は──どっちなんだ?」


 ユキは確かに入れ替わっていたことに気づけなかったのかもしれない。けれどある意味では"正しかった"とも言える。

 彼女は確かに、愛する恋人"たち"のために行動したのだ。


「……もはやそういうことじゃない」

 ダンテは煙とともにそう吐き捨てた。

「カルロもピエトロも結局は作られたキャラクターで、二人はそれを演じていたに過ぎないってことだろ。それはつまり本当の"あいつら"じゃねえってことだ」


 その通り、彼らはもはや自身を俯瞰(ふかん)する存在になっていた。本当の自分たちを知るのはお互いのみ。彼らは確かに双子であり、そして共犯者だった。


 部屋が静まりかえったところで、俺はずっと疑問に思っていたことを問いかけることにした。

「しかし長いこと入れ替わり生活を続けてきたわけだけど……いずれは破綻する時が来るとして、どうして今だったんだろうな?」


 ルカは腕を組みフンと鼻を鳴らした。

「それは生き残りのアイツが口を開かない限り、迷宮入りなんじゃない」

「そうかな、俺はなんとなくわかるけど」

 そう挙手をしたのはイヴァーノだ。


「イヴァーノが?」とルカが心底意外そうな声を上げた。イヴァーノは上げていた手を下ろし、ウンウンと力強く頷く。


「好きな人をいつまでも共有とかできないだろ。どうしたって恋人は独占したくなるじゃんか」


 ──なんて愛らしい純粋な生き物なんだろう。

 自分には考えつかなかったその意見に、俺は頭を抱えて声を漏らした。


「やっぱり俺イヴァーノ君大好き……」

「えっ、なに!? ありがとうございます……?」

 彼はギョッとしながらとりあえずといった風にそう口にした。素直すぎる。


「なくはない」

 ダンテも同意するように首を縦に振った。

「彼女に会って、生きたくなったのかもな。自分の、自分だけの人生を」


ルカはダンテの反応が羨ましかったのか、「イヴァーノのくせに」と唇を噛んで彼を恨みがましく睨みつけた。


「いやその悔しがり方はなんなんだよ」

 イヴァーノは困惑している。そして引いた体制のまま、くるりと顔をこちらに向けた。

「ていうか、アドルフォさんもわかるでしょ? 街一番の色男って最近耳にしたんですけど」

「……うーん、名誉なことだ」


 その言い分に苦笑いして頬をかいていると、「あはは!」と珍しく大口を開けて笑ったのは、それまでずっと黙りこくっていたジャンだった。双子の話にはこれっぽっちも興味がなかったのだろう。彼はそういう人間だ。


「アドルフォに恋とか独占欲とか理解出来るわけないよ! 面白いこと言うね」

「え?」


イヴァーノの素っ頓狂な反応にさらにおかしそうに目を細めるジャンに、俺は深くため息をついた。全く、彼は俺に対して本当に遠慮や容赦といったものがない。


「おいジャン、俺に失礼でしょ」

「なに? 文句?」

 ジャンは途端に笑顔を削ぎ落とす。

「急に喧嘩腰になるのやめて怖い……」


 その穏やかな顔つきとは裏腹に気の短いジャンは、銃口こそ向けないものの不機嫌な様子でこちらへ身を寄せる。俺が両手を上げ降参の意を示していると、ダンテが深いため息を吐いた。


「ガキの前で揉めるな」


 揉めるというより俺が一方的に責められていただけだと反論したいところだったが、それこそ大人気なく見えるだろう。喉まで出かかった文句を飲み込む。ダンテの二本目の煙草も、あっという間に短くなりつつあった。


 そういえば昔、ダンテに煙草を教えた時も『彼の健康を害するようなことをするな』と散々ジャンに当たり散らされたのを覚えている。結局俺だけさっさと禁煙し、ダンテがヘビースモーカーになってしまったことでさらに恨みを買ったのだが……まあそれは今は関係のない話だ。


「あとは警察に任せて、俺たちは手を引く」

「……このことはユキちゃんには知らせないほうがいいのかな」


 ダンテは机の上に広げられていた写真や調書をまとめてファイルに挟むと、俺へと付き出した。


「真実を伝えることが必ずしも正しいとは思わない。彼女はもうこの事件──双子のことを忘れるべきだ、と俺は思うが」

「……苦い留学になっちまったな」


 一番ユキと行動を共にしていたルカには思うところもあるのだろう。彼はじっと床を眺めている。俺はその赤毛に手を置くと、わしゃわしゃと撫で回した。


「ちょっ、なんなの!?」

「また巻き込んでごめんね。でも、君たちに頼んでよかったよ」

「……どうして」

「ルカ君とイヴァーノ君は人に寄り添える子だから、さ。もしよかったら──」


 俺は彼らに、一枚のメモを差し出した。ユキに手配したホテルの住所が書いてある。


「──最後にお喋り、しておいで」


 ルカは迷うように瞳を揺らしたが、やがておずおずとそのメモに手を伸ばした。









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公式ショップ https://berrysundae.official.ec

公式BOOTH https://berry-sundae.booth.pm


キャスト(敬称略)

ダンテ・トスカーニ…榎木淳弥

アドルフォ・コヴェリ…佐藤拓也

ジャン・デ・キリコ…逢坂良太

ルカ・アナスタージ…阿部敦

イヴァーノ・ロッソ…染谷俊之

オズヴァルド・レベッキ…KENN

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