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街路樹B

作者: 傀儡納言

街路樹B。

それが、ぼくに与えられた名前である。

「よし、じゃあ、台本見ながら一回通してみよっか」

王妃Aが手をパチンと叩いて言った。彼女は、男子からも女子からも好かれているクラスの中心だから、てっきりヒロインである姫君フィアナに立候補するのかと思っていた。まさか、物語における最大の悪女役を自ら買って出るとは。

「前半組と後半組で分かれようか?」

と盗賊アランAが提案すると、

「いや、とりあえずは前半組の通しを全体で確認してみよう。同じ役同士で隣り合って、みんな輪になってくれる? 前半組は台本持ってね」

と王妃Aが答えた。

机が教室の四隅に寄せられて、みんなが教室の中心にわらわらと集まって輪を作り始めた。

「台詞とか展開とか、何かしら違和感ある箇所があったら、その都度言ってね」

音響班のリーダーはそれだけ言い残すと、小道具班とともに教室から出て行った。

ぼくも輪に加わって、台本を持つ街路樹Aの左隣に座った。

「ぼくたちって、特に台詞ないよね?」

と街路樹Aに尋ねると、彼女は台本に目を落としたまま、

「ないけど、盗賊アランと護衛騎士たちが戦うシーンで燃えるから、動きを把握しておくためにも、お話の流れは頭に入れておいた方がいいと思うよ」

と答えた。

ぼくの右隣には、街路樹Cが膝を抱えて座った。街路樹Cは、微塵も興味ありません、とでも言うように、膝に顔を埋めて丸まってしまった。

街路樹Cは、明らかにクラスで浮いている。話しかけても反応してくれないし、雰囲気も陰鬱で不気味だから、近寄りがたいのだ。彼が台詞の無い街路樹役を任されたのも納得である。

「最初は台詞の確認がメインだけど、できそうな子は演技もしてみてね。じゃあ、ミクちゃんからお願い」

ぼくらのちょうど真反対に座った王妃AがナレーターAに合図すると、ナレーターAは

「はーい」

と笑って、唸るようにググッと咳払いをした。

こうして、ぼくは街路樹Bになった。


窓から差し込む暖かい斜陽に射抜かれて、根元で蠢いていた冷気が幹を走って枝先へと駆け抜けた。


物語はぎこちなく、それでいて淡々と進んでいく。

身分の違いによる禁断の恋。よくありがちな恋愛劇のパロディである。

「アラン、私も一緒に行くわ。私が一緒に行けば、お父様を説得できるかもしれない」

フィアナAが迫真の演技で声を震わせる。

「フィアナ、君はここにいるんだ」とアランA。

「だめよアラン! このまま外に出れば、あなたは殺されてしまうわ」とフィアナA。


「盗賊アラン! この建物は精鋭部隊が包囲した! 姫様を解放して投降しろ」

大柄な騎士団長Aが叫ぶ。

「フィアナ、もう時間がない。ここで、お別れだ」とアランA。

数多の騎士が待ち受ける建物の外へ出ようとフィアナAに背を向けたアランAの腕を、フィアナAは咄嗟に掴む。

「いや! そんなのいや!」とフィアナA。

「フィアナ、ごめん」とアランA。

アランAはフィアナAを抱きしめると、彼女に催眠魔法をかける。

アランAは、意識を失ったフィアナAを置いて、正面玄関から建物の外に出る。


「出てきたぞ! アランだ!」と精鋭部隊A。

「姫様はご無事か」と精鋭部隊B。

「姫様の身柄を救出する。建物の裏手に護衛騎士を向かわせろ。魔法部隊は結界を張る準備にかかれ」と騎士団長A。

「おいおい、盗賊一人相手に、随分とご苦労なことだな」

アランAは、包囲網の外にいる王様Aに向かってにたりと笑う。

「気を付けろ。ただの盗賊ではない。王都の魔法大学を首席で出ている、れっきとした高等魔術の使い手だ」と王様A。

「はっ!」と騎士団長A。

束の間の静寂の後、辺り一帯に結界が張られた。そして、騎士団長Aが一歩前進して高々と叫んだ。

「全軍、かかれーっ!」


一呼吸置いた後、「おー」「すごい」「いいじゃんいいじゃん」とみんながざわついた。

「ここからアランと騎士たちが闘うシーンに入るけど、簡単なミュージカルっぽい演出にするから、ダンスの練習もしまーす」

王妃Aがそう言うと、精鋭部隊や魔法部隊から、えー、とか、まじかよー、などと不満があがった。しかし、王妃Aは彼らの不満を一蹴するように、

「大丈夫大丈夫。あくまでも、ここはバレエをやってるケイスケとマスミちゃんの見せ場だから、騎士たちの踊りはすっごくシンプルに作るわ」

と言い放ち、アランAとアランBを一瞥した。

まだダンスをすることへのざわめきが止まぬ中、アランAとアランBが何やら話し込んでいる。

「戦闘シーンをバレエで魅せるってことは、魔法使いなのに割と激しく動くんだな、このアランってやつ」

アランAが台本に目を落としながらニヤニヤと笑った。それを受け、すかさずアランBが

「まぁまぁ、魔法大学を首席で卒業したのに盗賊になったんだから、結構な異端児なんじゃない?」

とフォローを入れて、そうだよね?、と王妃Aの表情を窺うように目配せをした。すると王妃Aが顎に手を当て、

「そうね、ここのアランの演出としては、精鋭部隊と魔法使いの攻撃を躱しながら魔法で反撃する、みたいな感じを出したいと思ってたんだけど」

と考え込んだ。

「なるほど。そうだとしたら、アランは防御魔法は使えないってことか」とアランA。

「いや、騎士たちの数が多すぎて、四方八方から飛んでくる攻撃に対して詠唱が間に合わないんじゃないか?」と隠密部隊C。

「王都の魔法大学を首席で出てるのに?」と魔法部隊C。

「フィアナに攻撃の被害が及ばないように、防御魔法はフィアナが眠る建物全体にかけているから、自分自身にはかけれないんだって」とナレーターA。

「王都の魔法大学って、どんぐらいのレベルなん?」と魔法部隊D。

「そりゃあ、ホグワーツ以上だろ」と護衛騎士A。

「ホグワーツがどんぐらいか分かんねぇよ」とアランA。

「じゃあ、ハーバード以上?」と王妃B。

「いまいちピンとこないなぁ」と魔法部隊D。

どうやら、アランの戦闘能力、王都の魔法大学、戦闘シーンの設定にほころびがあるらしい。

そして、みんなが好き勝手に議論する中で、王妃Aがひと際大きく口を開いた。

「みんな、ちょっといい? アランの設定については、もう少し深く掘り下げてみるわ。何か提案ある子がいたら、いつでも遠慮なく教えて。とりあえず、他にも不備が出てくるかもしれないから、台本を読み進めてみましょう。戦闘ではアランや魔法部隊の魔術で、街路樹が燃えたり倒れたりする演出が入るから、小道具が出来上がったらそこの動きも確認します。じゃあ、続けてクライマックスのシーンに行くわよ。はい、戦闘が終わりました――」


こうして、ぼくたち街路樹は燃え尽きた。

どうやら、アランと魔法部隊が放った火炎魔法が当たったらしい。


この決戦は、今世紀最大規模の戦闘だったようだ。

魔法部隊が総出で張り巡らした結界は、アランの禁忌魔術によって破られ、市街地一帯は甚大な被害を受けた。

数的不利の下でボロボロになりながら戦うアランは、壊した結界から抜け出して一度は逃れるも、隠密部隊の追撃を受けて捕らえられる。


戦闘中に護衛騎士によって救出されたフィアナは、王妃の命令によって城に幽閉されてしまう。

王様は王妃にそそのかされ、アランを斬首刑に処すことを決断する。


物語の終盤で、王妃が天下の大罪人であるアランを捕らえるために、実の娘であるフィアナを利用していたことが明らかとなる。

アランとフィアナが互いに恋をしていることを見抜いていた王妃は、夫である王様に「フィアナがアランの人質にとられている」と嘘を告げ、この騒動の全てを裏で操っていたのだ。


フィアナが幽閉されている間に、アランの処刑が執行される。

幽閉されていたフィアナは、城の自室の窓から処刑台に立たされたアランの姿を目撃してしまう。そして、カーテンと窓枠を伝って自室の窓から飛び降りて、護衛騎士の追手を振り切って処刑台へと走る。

アランを殺さないでほしい。その一心でフィアナは走る。

だが、その願いも虚しく、物語は、ようやく処刑台へと駆け付けたフィアナの悲鳴で幕を閉じる。


こうして舞台は閉幕し、ナレーターによって、フィアナがアランの後を追うように自ら命を絶ったことが告げられた。


「壮絶なバッドエンドだな」

台本を読み通して、アランAが開口一番にそう言った。

「ここ、やっぱりアランもフィアナも助かるべきかしら?」

物語一番の大悪女である王妃Aが、真剣に眉を顰める。

「いや、それはさすがに都合よすぎない? 結局助かるんかい、って拍子抜けしちゃいそう」

悲劇のヒロインであるフィアナAは、自らバッドエンドを望んでいるようだ。

「そうそう。物語はそう上手くはいかないもんだよ」と騎士団長A。

「おっ! いやいや、さすがですね師匠」と護衛騎士A。

「まじ尊敬っすわ!」と護衛騎士C。

「一生ついて行きやす!」と精鋭部隊B。

「ふん。まぁまぁ、みなまで言うな」と騎士団長A。

王都軍による茶番をみんなでひとしきり笑い合った後、王妃Aが立ち上がって口を開いた。

「よーし、じゃあ明日以降も放課後にちょくちょく練習するから、なるべく早く台詞憶えてね。脚本は少し変わるかもしれないけど、そこまで大きな変更はないと思うから。じゃ、一旦今日は解散! みんなお疲れさまー」

みんながわらわらと立ち上がって、輪が解けたところでチャイムが鳴った。




その日の夜、家族で食卓を囲んでいる最中に、今日あったことを話した。

「そうして、ぼくは燃えてしまったんだ」

とぼくが言うと、

「そうかそうか。それはとんだ災難だったな」

と兄Aが言った。

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