Mの殺意
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Mは妻を殺めた。
ビジネスホテルで首をつっている、そう連絡が入ったのは、盆を過ぎ、残暑の残る金曜日、診療の最中だった。警察官は妙に低い遠慮がちな声で、妻の死を伝えてきた。
残りのクライエントにセッションの中止を申し出ると、ジャケットを鷲摑みにして、くだんの町までタクシーを飛ばした。
実を言えばそれは必然の、死だった。
Mは死体に会う前から心のアリバイをいくつも作っていた。
ホテルへ到着し、駆け込んで部屋に入ると、身体はすでに降ろされ、手足の先がすっかり白くなり、瞼が水を入れたように膨れていた。
「ご確認、お願いします」
Mは膝を崩し、ナイロンの敷布を握りしめ、紫に変色した索状痕を見つめながら、
「妻です」
といった。
(10時間は経っている)
心の内でMはそう見立てていた。
「検死の後、連絡させていただきます」
おそらく連絡をくれた警察官であろう、男はMを横目に、白くなった顔に大事そうに黒いシーツをかぶせ手を合わせた。
Mは静かに泣いて、
「…ご迷惑おかけします」
と頭を下げた。