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『小説家になれる』ランキング1位VS『ベータポリス』ランキング1位の共同ラブコメ!!

作者: 甲田ソーダ

深夜1時。


高校二年生である高木晴一(たかぎせいいち)は、キーボードのEnterキーをパシーンと力強く指で叩いた。


「ふっ」


画面に向かって吹きかけるように笑いの吐息を吐き出した晴一は、自身の胸の奥から次から次へとあふれ出る達成感に声を抑えきれなくなり……。


「グフフフフフフフフ……!」


しかし、今は真夜中のゴールデンタイム。


この時間に大声で笑ってみようものなら、すぐに親が飛んできて頭を(はた)かれてしまう。


そうならないように必死に笑いを堪えた結果、なんとも気持ち悪い笑い声が部屋にこだまする。


その自身の気持ち悪い笑い声でハッとした晴一は、ゆっくりとマウスを握る。


「えっと……。まずは『保存』と」


高まる胸の鼓動を抑えながら、晴一はマウスを動かし、とあるサイトを開く。


【小説家になれる】


日本最大級のネット小説を読めるこのサイトは、なんの資格も持たない一般人でも自作の小説を投稿でき、他人に読んでもらうことができるサイトだ。


ここ最近は、このサイトに投稿されている小説が書籍化、コミカライズし、実際の本や漫画として店頭に並んでいることが多くなってきた。


それに加え、一部の作品はアニメ化もしており、いまや大ブームを起こしているものだってある。


そんな注目が集まりつつあるこのサイトで、晴一は『ログイン』ボタンを押した。


開かれたのは【マイページ】。


続けざまに『新規小説投稿』をクリックした晴一は、つい先ほど完成した『それ』を入力する。


「タイトルは……『幼馴染に追放された俺、実は世界を滅ぼす力を持っていました。~そんなバカなことはやめろ、って言われてももう遅い~』っと」


それから小説のタグ、あらすじ、対象年齢など決め。必要な手順をすべて終えて、ようやく晴一は『投稿』ボタンにカーソルを当てた。


これを押してしまえば、正真正銘、晴一が書いた『それ』が世界に羽ばたくことになる。


「何度やってもこれには緊張してしまうな」


最後にゆっくりと深呼吸を行い、覚悟を決めたように指先に力を込める。


「さぁ、読め。新たな最高傑作がここに生まれるぞ!」


カチッ。




…………。




「……これで明日からまた世界が変わるぞ」


ふっふっふ、と不敵に笑った晴一はベッドに寝転がって。


「……すぅすぅ」


十秒もかからなかった。




☆★☆




登校して教室に入ると、晴一はある席へと向かった。


空木(うつろぎ)!」


晴一が真っ先に向かったのは廊下側にある自分の席ではなく、反対に位置する窓側の席だった。


その席に座っているのは、透き通るような銀色の髪のした美少女だった。


「空木アメリー!」


一度目の呼びかけに反応しなかった少女の名を呼ぶと、少女は眉を僅かに寄せて晴一を見た。


横顔からもわかるが、やはり正面から見てもその少女は美しかった。


幻想的、という言葉は彼女のためにあるのではないか、とすら思わせるほどに。


そんな少女は自信の神と同じ色のメガネをくいっとあげると。


「高木くん、何度も言うようですが私の名前は『アマリ』です。雨の理と書いて『雨理(あまり)』です」

「別にいいだろ? アメリーの方がハーフっぽくて」

「いつまでも名前を間違われていい気分はしません」


髪の色からわかるとおり雨理はフィンランドと日本のハーフである。


とは言っても、生まれたときから日本で育ってきた雨理が周りと違うのは、身体の色と多少のフィンランド語を話せる程度で、考え方や食の好み等はほぼ日本人と変わらない。


「そんなことより! これ、見ろよ!」


晴一が突きだしてきたのはどこにでもありそうな一般的なスマホだった。


もちろん、そんなありきたりなスマホを見せびらかしに来たのではないと、雨理は知っている。見せたいのはそのスマホに映っている画面のことだろう。


「今日の朝のランキング! ほら、ここ。わかるだろ!?」

「そこまで見せようとしなくても結構です。もう知ってますから」


晴一が無理矢理見せてきた画面は【小説家になれる】の【ランキング】サイトだった。


その中の【ファンタジー】部門にて、一位にいるのは、晴一が寝る前に投稿したタイトルだった。


作者名のところには『タカキバレ』という晴一が使うペンネームも書かれている。


「今回の新作も俺は一位を取ったぞ!」

「……それはよかったですね」


自慢気に見せてくる晴一に対し、冷たい視線を返す雨理は「はぁ」とため息をついたあとに自身のスマホを操作した。


「その様子ですと、私の方は確認していないようですね」

「うん?」


今度は雨理の方からとあるサイトを見せてきた。


それは晴一が利用する【小説家になれる】のサイトではなく、違うサイトのネット小説ランキングだった。


ファンタジー作品が大多数を占める【小説家になれる】とは違い、恋愛作品が大多数を占める【ベータポリス】。


その一位を飾るタイトルの下に書かれている作者名。


「……『(うつ)()』」

「はい。私もいつも通り一位です」

「くっ。また引き分けか」

「そのようですね」


悔しそうな表情を浮かべる晴一に対して、淡々とした表情をする雨理。


そんな雨理に、晴一はせっかく上がっていたテンションを落として素直な感想を述べた。


「今回はいけると思ったんだけどな」

「残念でしたね」

「そうだなぁ。でも、相変わらずアメリーはすげぇな」

「ですから私は……はぁ。もういいです」


呆れる雨理を気にする素振りも見せず、晴一は雨理が開いたサイトを同様に開く。


こんな短時間でランキングが更新するわけもなく、やはり一位のところには雨理の作品が載っていた。


タイトルは『不幸な伯爵令嬢が幸せを望んではいけませんか?』


何をしても、その行いが裏目に出てしまう貴族の女性が、それでも必死に手を伸ばして幸せな生活を送ろうとする悲しくも、だけど応援したくなるような話だ。


主人公であり、ヒロインでもある貴族の女性然り、彼女と関わる人達の心情が繊細で丁寧に描写されており、特に恋愛面においては男性女性問わず数多の人をキュンとさせる小説だ。


そしてこの小説の一番すごいところは飽きることのない話の設計だ。


連載して今や二百話を迎えるというのに、読者はこの作品を読み続け、さらに新規の読者まで増やし続けている。


『【ベータポリス】史上最高傑作』なんてネットでは言う人もいるくらいだ。


雨理が書いているこの小説がどれほどのものなのか、晴一は十分すぎるくらいに理解していた。


「連載で一位をキープし続けるなんて。やっぱすげぇわ」

「褒めても何も出ませんよ。それに、高木くんも一位を取ってるじゃない」

「俺のは一位って言っても短期掲載とかが多いからな」


晴一がそう言ってまた見せてきたのは、自身の【小説家になれる】の【マイページ】だった。


これまで晴一が投稿してきた小説のすべてがここに載っているが、そのほとんどは『連載中』という文字ばかりで、実質は『無期限休載中』だと晴一自身思っていた。


いくつか完結したものがあるにはあるが、それは短編だったり、十話もいかないくらいの短期連載のみ。


完結した作品なんてほとんどなかった。


「どうして作品を終わらせないの?」


雨理の質問に、晴一は気まずそうに目を逸らした。


「書く気が起きないんだ。正直、これまでの作品は書いていて楽しくないんだよ」

「楽しくないのに書いているの?」


それではいったいなんのために書いているのだろうか。


そんな自然な問いに、晴一は恥ずかしそうに頬を掻きながら目を逸らした。


「夢、があるんだよ」

「……夢?」

「そう。……俺さ、作家になりたいんだよ。ライトノベル作家に」

「……?」


それと自分が楽しいと思わない小説を書くのに、どんな関係があるのだろう。


「実を言うと、俺のこれまでの作品は自分の名前を売るための売名っていうやつ? それなんだよ」

「自分が楽しいと思えるような話が別にあるってこと?」

「あぁ。俺さ、それで小説家デビューしたいんだよ」

「……ふぅん」

「ふぅん、って。ここまで恥ずかしいこと話させておいてそれはなくね?」


そういう話をしているうちに、予鈴が鳴り担任の先生が教室に入ってきた。


「おっと。じゃあ、またな」

「……えぇ」


晴一がそう言って雨理に背を向けると、雨理はしばらくスマホをいじったあとに、姿勢を直す。


その口元が緩んでいることに、背を向けている晴一は気付かない。




☆★☆




昼休み。


晴一はまたスマホを持って雨理の席へと向かった。


「アメリー! また、感想が来たぞ!」


そう言って見せたのは自身の小説の感想欄だった。


ランキング一位に載っているだけあって、一つ一つ読むこともままならない大量の感想欄だが、晴一はある感想だけは絶対に読むと決めているものがある。


「『春一番』さんからの感想! 『今回も面白そうな作品ですね。更新楽しみにしています』だって!」

「毎度毎度、高木くんは暇なのかしら?」

「なんだよ、そういうアメリーだっていつも一人じゃん。俺が来てくれて嬉しいとか思ってんじゃないの?」

「……別に」


雨理がぶっきらぼうに顔を背ける中、晴一は嬉しそうにスマホの画面を眺める。


「この人は俺の中でも特別な存在なんだよ!」

「……特別、ですか」

「俺の初作品で、一番最初に感想を出してくれて。それからすべての作品で感想を書いてくれる人なんだよ」

「『晴れ渡る空の下で』……でしたか?」

「そうそう! って、よく知ってんな?」

「ま、前にマイページを見たときに見たんです」

「あれが最初で最後の恋愛作品かなぁ。いやぁ、俺には恋愛は向いてないって、あれでわかったよなぁ」


バトルがメインのファンタジー作品では、シナリオや戦闘描写がある程度形になっていれば、それなりの話ができる。


しかし、恋愛となると、キャラの一挙手一投足の描写よりも、心情描写やそれに合わせた風景描写に目を向けられてしまう。


晴一には、その心情をどうしても書くことはできなかった。


「アメリーはどうやって書いてんの? 人の心を書くって難しくないか?」

「キャラの心を書こうとするから難しいんです。自分が作ったキャラなのですから、自分の分身だと思って、自分ならどう感じるか。そういったことを書けば、そこまで難しいことじゃありませんよ」

「なるほどなぁ……って、うん?」


そこでピタリと晴一は動きを止めた。


自分が感じてることをそのままキャラの心と一致させるってことは……。


「え、アメリーって好きな人とかいるの?」

「なぁっ!?」


急な質問に、顔を真っ赤にした雨理はわかりやすく動揺していた。


「わ、私はただ自分ならそ、そのときどう思うかとか考えてっ! べ、別に私にす、す好きな人がいるとかじゃなくてっ。あ、あくまで妄想、そう妄想! ……ち、違う! その違くて……別に普段から考えているわけじゃないですしっ!」

「お、おう。なんか……ごめんな?」


恋愛ものはからっきしな晴一でも察した。


この話題はきっと触れてはいけないものだ、と。


「んんっ……! と、とにかく私にす、好きな人がいるわけでは決して……決して……。……とにかくそういうことです!」

「は、はあ……」


つまりどういうことなのか、とここで聞き返したらもう一生口を聞いてもらえないんだろうなぁ、と思う晴一だった。


「ま、まぁ。話は変わっちまったけどさ。俺はこの『春一番』さんに支えられてるっていう話なんだけど」

「そ、そうですか。それはどう……どうかしてますね」

「え、そんなに言う?」

「支えられているというのはいささか過言では、と思っただけです」


そんなことないと思うけどなぁ、と小言を呟く晴一をチラリと覗いた雨理は「はぁ」とゆっくりとため息をついて。


「それで、その『春一番』さんがどうしたんですか?」

「ん、そうそう。その俺で言う『春一番』さんみたいに、俺もなりたいなぁって思って」

「でもその相手がいない、って感じですね?」

「あ~……まぁ」

「高木くんが登録してる作品、どれも有名なものばかりで、高木くん以外の人がもう支えてしまってる」

「そう、なんだよねぇ」


困った笑みを浮かべる晴一に、雨理は呆れるように息を吐いた。


「別に一番じゃなくてもいいじゃないですか。私は、感想をくれた人皆に支えてもらってるって思ってますし、それに相手も高木くんみたいに考えているかはわからないじゃないですか」

「そう言われると、まさにそうなんだけどさぁ」


どこか納得していない表情をする晴一を、雨理は真剣な目で見つめた。


「……高木くんはどうしてそんなに一番に憧れるの?」

「え?」


今の時代、【小説家になれる】の勢いは強い。


ランキングで一位とまで行かずとも、十位以内に入るだけでも充分な功績と言えるだろう。


晴一の作品だってそうだ。しようと思えば、書籍化だってコミカライズだって、できるはずだ。


にもかかわらず、晴一はそれをずっと断り続けている。


一番最初に書籍化させるのは、自分が一番いいと思っている作品だから、とずっと断り続けている。


朝の小説の件だってそうだ。


なぜか晴一は雨理に自分の作品が一位になったことだけを報告してきて、二位以下になれば悔しそうにする。


どうしてそこまで一位、一番であることに拘るのだろうか。


「それは――」


その質問に答えようとしたところで、朝同様、予鈴が二人の話を打ち切った。


「――っと、次移動教室だっけ?」

「え、あの……?」


晴一は露骨な態度で話を変えると、次の授業の準備を始めた。


友人達と教室を出て、次の授業が行われる教室へと移動する。


出遅れた雨理だけが、ポツンと教室に残されていた。


「……ばか」


その言葉が銀の髪から流れた。




★☆★




放課後。


晴一は朝の小説の次話を投稿するという理由で、終礼後、急ぎ足で家へと向かった。


玄関に入り、投げるように靴を脱ぐと一目散に自室へと向かい、バタンとドアを強めに閉めた。


そして、いつもならばそのまま自身のパソコンと向き合い小説を投稿するのだが、今日だけは少し違って、力尽きるようにドアにもたれかかるようにペタンと座った。


「……はあぁぁぁぁぁぁ~」


長い、長いため息を吐いたあと、両目を両手で覆った。


……そして、少しすると。


「今日も可愛かったなぁ」


と、耳を真っ赤にしながらそうこぼした。


毎日毎日、どうしてこうもドキドキさせてくれるのだろうか。


横顔はきれいだし、太陽の光を反射してくる銀の髪に何度も触りそうになった。


今日はたくさん話せた。自分が書いた作品を知ってくれていることがなによりも嬉しかった。


でもまぁ、一つ気がかりなことがあるとすれば。


「アレ絶対、好きな人いるよなぁ……」


わかりやすく顔を真っ赤にしていた。


珍しい顔を見れたので嬉しいには嬉しかったのだが、今、内容を思い返してみると死にたくなる。


「いるのかぁ。好きな人」


それは間違いなく自分じゃない、と晴一は思っている。


一方的に自分の自慢話だけを持ってきて、名前だっていつまでたっても間違って呼ぶ人なんか、好きになるわけがない。


自分なら好きにはならない。


「仕方ねぇじゃん。そんな簡単に名前を呼べたら苦労しないっての」


実を言うと、登校中はずっと頭の中で雨理の名前を呼んでいた。


しかし実際に会ってしまうと、それまでのことなんかパァッと真っ白になってしまうのだ。


「俺が一位に拘る理由、かぁ」


昼休み、逃げるように話を打ち切ってしまった。


今日一番のやらかしだ。


「そんなの……」


晴一はスマホを操作して『二つ目の』【マイページ】を開く。


それは【小説家になれる】のものではなく【ベータポリス】のものだ。


『登録作品』の中にたった一つだけあるタイトル。




『不幸な伯爵令嬢が幸せを望んではいけませんか?』




さらにその感想欄を開き、最も古い感想が書かれたところまで指を進めると、晴一は思わずスマホを落として両腕に顔をうずめた。


顔の温度が両腕を通して、全身に回って爆発してしまうのではないか。


「……ホント、釣り合わねぇな」




・感想欄

2021/05/31 余り1

一目読んで好きになりました。一目惚れです(笑



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