砂漠のピアス
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もしも生まれ変わって異世界に転生したら、どうやって待ち合わせしようか?
そんなくだらない、けれど胸を締めつけられるような切ない記憶に縋って、私はこの世界で生きている。
かつての私は、前世の記憶なんてものを信じていなかった。だって死んだあとのことなんて誰にも分からない。そして私は、生き物は死んだら全てゼロになると思っていた。
けれど私は生まれ変わり、日本的な呼び方でいうならば今世はエルフとして前世の記憶を持ったまま生きている。
この世界では前世の記憶を持っている人はそこまで珍しくない。各国に数十人から数百人くらいは前世の記憶持ちがいる。ただ前世が人とは限らないし、出身が地球とも限らない。一度地球出身の人と話した事があるが、なんと前世は飼い猫だったという。私が元人間、かつ元日本人と会える確率は限りなく低い。
それでも、私は彼を待っている。
私たちは顔を合わせるたびに色んな話をした。
あの話も、そんな他愛もない話の1つだったと思う。私は彼との会話を、忘れていた宝物を見つけた時みたいに何度でも懐かしく思い出す。
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『もし、どんな願いでも叶うって言われたら真梨菜は何をお願いする?』
『うーん、色々あるけど…剣と魔法の世界とか行ってみたいな。斗真は?』
『僕も異世界転生とか憧れるなぁ。チートで魔王とか倒したり』
キラキラした目で斗真が同意してくれたので、私たちはこの話題で盛り上がった。
『お約束ね。じゃあ勇者とかになりたいんだ?私は健康で魔法が使える一般人がいいな。勇者とか大変そうだからイヤ、めんどくさい』
『たしかに一理ある。ハーレムとかもお約束だけど、実際に作ったらハーレムの相手全員に刺されそうだよね』
2人でクスクス笑いながら、存在など信じてもいない異世界の話で盛り上がった。
『もし僕らが転生してお互いに前世の記憶があったらさ、向こうで待ち合わせする方法を決めない?』
『ん?どういう事?』
『生まれ変わったら外見変わっちゃうじゃん。待ち合わせようにも場所の名前とか目印とかわかんないし』
肩を竦めた斗真を見て、私はため息をついた。
『砂漠でなくしたピアスを見つけるくらい大変そうな話ね。いいわ、待ち合わせするならわかりやすい方がいいよね。じゃあ…1番大きい国!』
『えーっ、それだけじゃ探せないでしょ!真梨菜は大ざっぱだなぁ』
斗真が呆れ顔で言うので、私はちょっとむくれて言った。
『何よ、そしたらどうしたらいいのよ』
『1番大きい国の首都で、日本食のお店をやるっていうのはどう?目立つと思うんだよね。お弁当屋さんとかいいよねぇ〜』
『転生先の文化レベルがわからないし、そもそも転生して人間になるかもわかんないけどね…』
『急に現実的にならないでください。もしもの話だから、ね!実現出来そうならやるってことにしといてよ』
『はいはい』
私たちはお互い、病で先が長くないと分かっていた。出会ったのも入院病棟だったし、現実の体はいつもどこかに大きな不調を抱えていて、だからこそこんな話をしたのだと思う。幻想でも空想でも、希望を抱かなければただ生きるという事すら続けられそうになかったのだ。お互いがお互いのために生きているといっても間違いではないほど、私たちはお互いの存在が生きるために必要だった。
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そんなこんなで本当に転生してしまった私は、この世界で1番大きい交易国で今日もお弁当を作っている、というわけだ。
ここまで来るのは本当に大変だった。
私が産まれた場所から、この国は遠い。エルフの故郷である大森林地帯は大陸の北西部にあり、ここコーデルカルト国の首都ホルストは大陸の南東に位置している。真逆だ。地図を初めて見た時は絶望で崩れ落ちた。この世界に飛行機はなく、基本的な移動は速く走れる豚のような生き物に頼るしかない。ここは魔法も科学も微妙にしか進歩していない世界なのである。
家を出て大陸の反対側でお弁当を作ると言ったら親どころか一族総出で大反対されるし(そりゃそうだ)、料理なんて前世ではほとんど入院してた人間ができるわけもなく、しかもエルフは菜食主義なのでろくな練習もできず。
このままでは約束を果たせないと思った私は、綿密な計画を立てて12の時に家を出た。自立ではない、家出だ。
実家には時折使い魔をやってやり取りしているものの、いまだに自分の詳しい居場所は秘密にしている。
空を見上げて、みんな元気にしてるかなぁと考える。ふと雲が風に流されて魚の形になった。
私は雲を見つめながらぶつぶつと呟く。
「今日の日替わりはゴージャスのり弁だったけど、白身魚が少し余っちゃったのよね。うーん、凍らせといて明日はフィッシュフライバーガーにでもしてみようか…」
長年1人で店をやってるせいか、独り言が多くなってきている。声に出てしまってる事に気がついて、もうすっかりおばあちゃんだわとこっそり苦笑した。
エルフなので外見はまだ20代前半くらいだが、前世も合わせると余裕で70オーバーなのである。それがなんとなく誇らしく、私は1人でふん!と胸を張ってふんぞり返った。
突然、後ろから声がした。
「いいね、俺、前世でもバーガーとか食べたことないから食べてみたい」
知らない声だ。私は真顔で後ろを向いた。
全然、まったく知らない男の人だ。突飛な緑の髪、赤い目は魔族だろうか。私は魔族に知り合いはいない。
それなのに、目と目が合った瞬間にわかってしまった。いや、振り向く前から分かってた。
だって、彼の柔らかな話し方も、今目の前で困ったように笑う表情も、ぽりぽりと頭をかく仕草も全部知っている。転生してから52年、心の中ではとっくに諦めがついた、もう過去の思い出なんだと思っていたのに。
何一つ忘れてなどいなかった。
色褪せず、彼は私の中で生きていた。
そっと、手を伸ばす。
「遅刻にもほどがあるよ…」
かすれる声でそれだけ言うと、斗真は私の手を取り、自分の頬に当てて笑った。
「ごめんな。魔龍国で弁当屋やってたんだ。あそこが1番国土でかいから。でも真梨菜が全然来ないから、店を人に任せて交易で1番栄えてるこの国まで探しにきたんだ。やっぱり1番大きい国、だけなんて大ざっぱ過ぎるって」
「…探しにきたから許してあげる」
「はは、相変わらず偉そうだなぁ」
私たちは無言で見つめ合うと、道の往来で抱き合あって泣いた。通行人が驚いたようにこちらを見たり、なぜか拍手してる人もいるがそれもどうでもいい。
2人で泣き笑いしながら相手がなかなか来なかったことを罵り合い、最後は2人ともボロボロに泣いてしまって言葉にならなかった。
もう二度と離さないと誓う。
私たちは手を繋ぎ、一緒に歩き出した。
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