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後編

「お~、よしよしよし―――。」


 俺を含め、今の状況を理解できるものはこの場に誰一人としていない……。

 俺の母さんを除いて全ての者がその驚きの光景に目を見開き、口をあんぐりと開けて武器を構えていた姿勢のままピタリと動きを止めていた。


 息をするのも思わず忘れてしまいそうなほど誰も喋ることもなく空気ごと固まり、しばし何もない時間だけが流れた。


「こっ、これは一体………。」


そこにブルブルと唇が震えてしまって発した音がハッキリとは言葉になっていない状態ではあったが、ヒナタが固まっていた空気を壊すみたいに率先して口を開いた。


「バーゲストがイヌの様に大人しくなるなんて………信じられない。しかも触っているとかあり得ないし……。」


 次に口を開いたのはユーリだった。


「バーゲスト?」


 何も知らない俺はオウム返しに同じ言葉をただ繰り返した。


「さっき言った異界人――ゴブリンに似た方の種族の連中が連れてきた、このモンスターの名前よ。」


「へ~ぇ――。」


「見た目は―――まぁ、ご覧の通りサイズの大きい狼が鎖を首に巻き付けたっていう姿なんだけど……。魔力によってこの鎖を操って攻撃してきたりと――そこまで危険度は高くないランクのモンスターなのに結構やっかいなの。」


 ユーリは俺のした問いかけにバーゲストのことを詳しく説明してくれた。

 そしてアリサが最後に重々しく口を開く。


「そして――かなり凶暴なの………。」


 アリサは目の前に存在するあり得ないとされる光景を否定する様に、斜め下に目を逸らしたまま話に加わってきたのだった。

 無理もない―――のかもしれない。

 俺だって信じられない……。

 俺の母さんって一体………。


「で、さぁ―――。」


 ユーリのこの言葉を合図に、三人の視線が一斉に俺の方へと向けられた。


―――えっ?


「あのオバさんは――。」


「「「だれっ!?」」」


 分かってた……うん。

 三人が一斉に俺へ問いただそうと詰め寄ってきた。


「さっきタケルが『母さん』って言っていた様な気がするんだけど………。」


 さすが遠隔攻撃担当のアリサは耳の視野的なものも広いのか、俺のポロっといった一言もよく聞いていたな。


「あぁ―――。」


 どう説明したら良いのか俺は思いあぐねる。

 さっき記憶喪失だとかいったばっかりにこれは自らの首を絞めようとしている状態で、――確実に矛盾がでてきて怪しまれてしまうという未来しかない気がして尻込みしてしまっていた。


 チラリと横眼で確認した母さんは母さんで、こっちの事なんてお構いなしにまるでただの可愛いイヌでも相手にしているかの様にバーゲストとやらの顔を撫でたりして無邪気に戯れていた。


 ―――気楽なもんだな……。


 大きくフゥと溜め息を吐いてぼやいていると、俺の視線に気が付いた母さんがこちらに振り向いて笑顔で俺の名前を呼んでくる。


「タケル~。」


母さんの明らかに俺を呼んでいる声に釣られ、三人の顔が一瞬母さんの方へと向いたがすぐに俺の方へと戻ってきた。


「――っと、うん……。」


 三人が三人とも目で早く答えろとばかりに圧をかけてくるので、俺はタラリと嫌な汗をかきつつも愛想笑いでその状況を乗り切ろうとしてみた。


 ―――勘弁してくれ。


 しかしこのままと言うわけにもいかず、自分の中に湧き上がってくる若干の苛立ちからガシガシと頭を掻いて覚悟を決めることにした。


 ―――ええい、もう! なる様になれ!


「あの人は――俺の母さんだ。」


 待ってましたとばかりに、三人はやっと話し始めた俺の鼻先に当たってしまいそうになる距離にまでズズイと更に詰め寄ってくる。

 そして三人から何故かそれぞれ順番に一問一答を受けた。


「記憶喪失だったんじゃ……?」


  ユーリは俺が一番気にしているだろうと予想していたことをいの一番に聞いてきた。


「母さんを見たら……、母さんの事だけは思い出したみたいで……。」


 ハラハラドキドキしたが、皆の反応を見るに意外にも誰にも不審に思われなかったみたいでホッとした。


「で、この辺りには誰も居なかったはずですが……この女性はどこから現れたというのですか?」


 次に質問してきたのはヒナタ。

 まだほぼ話もしていない男だが……。


「リコーダーをね……吹いたら出てきたんだ。なぜか俺の目の前に。」


 だってこれが事実だし、これ以外に答えようがない。

 この事に関しては、たぶん俺の方が吃驚している。


「それはつまり演奏したらという事? ――ってことは自らの内にある魔法を使う術を思い出したって事でいいんですよね?」


 なんか……突然早口になってアリサは俺の手を握って話しかけてきた。


「いや、適当にやったら出てきたってだけだから――。何も思い出せていません。」


 『記憶喪失』というていがまだいけそうだと読んで俺は最初の設定を継続する事にした。

 適当にやったというのは嘘ではないし、何も困ることはないだろう……。


 ―――思い出すも何もこの世界の事は何も俺の記憶には存在しないしな~。


 最後に俺に質問してきたアリスは期待を打ち砕かれたとばかりにガックリと肩を落とし、期待でキラキラと光っていた眼は光を失った。

 おそらくはだけど――そもそもが街の外で活動できるまでの妖術師になれた人というのは珍しいらしく、術を行使する方法も一般的には知れ渡ってないらしいことからそれに興味を惹かれての事――ってところだろう。


 慰めるように落胆しているアリサの肩をポンと叩き、ユーリは俺の目を一度見てから再び伏せて申し訳なさげに言葉を紡ぎ出す。


「楽器を奏でたから出てきたというのなら――タケルのお母さんって死んでいるの?」


「うん? ――いやぁ、まぁ……そんな様なものかな………。」


 俺はどう答えていいかも分からずしどろもどろになっていた。


 ―――死んではいないが、この世界に俺の知る俺の母さんが存在しているはずはないので、ほぼ同じといえば同じだろうな。


「そう……。どうしても気になっちゃって――ごめんね。」


「……いや。」


 本当に申し訳なさそうな顔をして謝ってくるユーリに「いや、俺の方こそごめん!」と、嘘とも言える事しか言えない俺は心の中で謝罪をした。


「あのね………タケルがもしサモナーなら、召喚できる存在はこの世界に存在していない――冥界も含めた別世界の存在に限られるの。で――、他のクラスの可能性も考えて確認をね。パペッターなら自ら作り出した人形を操っているってことになるし……。でもあの人は作り物じゃなくて本物のお母さんだってタケルは言うし………。」


「そうなんだ~。」


「なぁんだ~! ってことは、このタケル君とやらはサモナーのクラスなのか?」


 ヒナタは歯を見せてニッと笑って俺の肩に腕をまわした。


「紹介が遅れたな。俺ァ椿原ヒナタっていうんだ。これからよろしくな。」


「おっ、おう。よ、よろしく――?」


 さっきまで丁寧口調でビシッとした態度だったヒナタが急に人が変わったように馴れ馴れしくなり、俺は動揺を隠せなかった。

俺の職業クラスがサモナーである可能性が高いと聞くや、ヒナタは逃がしてはなるものかとばかりに一気に俺との距離を詰めてきたのだった。

それはユーリみたいに警戒心バリバリといったわけでもなく、なんというか――この場限りの付き合いしかない人間に向けられる無関心というのに近い冷たいともいえる対応であったのが手の平クル~リって感じで……。

 サモナーとやらは余程ヒナタにとって魅力的な存在なのだろう。


「でもさ~、ユーリ。こいつのクラスはサモナーって言うのとはちょっと違う気もするぜ? こんな時に召喚したのが自分の母ちゃんだぜ~? まぁ、役には立ったけど……。」


 ヒナタの話に皆の視線はまた母さんの方へと向く。


「いや、確かにおかしな程に役には立ったけど……。殺せたわけじゃない。でも、このままバーゲストが味方として戦力に使えるのなら―――話は別だ。あの様子だとそれができる可能性も高そうだし……。召喚相手の選択としては最適だったと言えるんじゃない?」


「でも、どっちにしろ親だとかっていう自分に近し過ぎる存在は『呼べない』はずだ。俺ァの知り合いにサモナーがいるからそれぐらいは知っているぞ。」


「そう、ね。だったら……特殊召喚士って異名を持つ『コンダクター』という可能性はどうかしら――?」


「なんだそれ?」


 ―――なんだそれ?


 話を聞いていた俺の心の声とヒナタの言葉がハモる様に一致した。


「確かね―――百年に一度だったか二百年に一度だったかの割合で一人だけ出現する特別なスキルを持つ職業クラスで、その詳しい内容は一切分かっていないとされているやつらしいのよ。私も師匠に聞いただけだからそれ以上の事は知らないけどね」


「どうせ機密情報ってやつで、国の上の方にいるお偉いさんは知ってるのかもしれねえぜ? そういうの多いだろ?」


「――かもしれない。だとしても庶民の私たちには一切の情報が洩れてはこない特殊な存在なのだから。コンダクターっていうのはもの凄く大きな力を持っているのかもしれないわ。」


「「へ~ぇ――。」」


 アリサとヒナタはユーリの話を聞いてそれもそうだと感心し、同時に相槌を打った。


 その横にいた俺も小さな声で頷いた。


 ―――俺が……俺が特別な存在だって?


 ―――特殊召喚士?


 ―――コンダクターだって?


 まだ確定したわけでもないのに自分が特別な存在だと言われたことにワクワクと高揚感を覚え、子供みたいと吐き捨てられて馬鹿にされることを恐れてそれを表面に出さない様にと平静を装うように俺は努めていた。

 なぜなら俺の他に可愛い女が二人だけの時は特に何も思わなかったが、男もいる今は―――。


 ―――ここは大人らしさを出してかっこつけていかねば……。


 同性は、つまりはライバルというわけで………俺のプライドとしては負けるわけにはいかない。

 この女二人にいい所を見せたいと気負っている俺は、すぐ横にあるヒナタの顔を自然と鋭い目付きで見た。


「どした?」


「いや―――ちょっと離れて頂けないかと……。」


「あぁ、すまんね。」


 やってしまったとばかりに思わず睨んでしまったことを誤魔化そうとちょっとしたどうでもいい不満をすぐに思いつき、俺は口にした。

 いや、本当にどうでもよかったんだけどいつまで俺の肩に腕をまわしているつもりだったんだろうという疑問はちょっと抱いていた。


 ―――ヒナタ……。


 さっきから気になっているが、この『ヒナタ』という男――どっからどう見ても俺の幼馴染のアイツであり、同姓同名で年齢も同じにも拘らず俺には初対面の言動しか見せてこない………。


 ―――似てるというだけで別人ということなのか?


 俺は悩んでいた。

 ここは「地球」で「日本」とは言っていたがパラレルワールドって感じとも違う感じでどっからどう見ても「異世界」といった印象を受けるし、ならばこの世界には知り合いがいるはずもないというのに……。

 そしてひとり、寂しい気持ちになった。


「ねぇ、タケル……。」


「ん?」


 アリサがユーリに背中を押される様にオズオズと暗く沈んでいた俺に話しかけてきた。


「その……タケルのお母さんとあのバーゲスト。この後どうするの? 私たち、街まで戻らなきゃなんだけど……さすがにあのバーゲストは中には連れて入ったりとかはできないわよ?」


「街はここからまだ遠い?」


「ううん。もう割りと歩いたと思うし、もうすぐ着くんじゃないかな?」


 どうしたものか………。

 俺一人の安全さえまだ完全に確保できたわけではないのに更に――。

 悩みの種は増えていくばかりである。

 まずチップとやらが俺にはないのに街に入れるのかという問題もあるのに……。

 となると、下手したら俺は街の外に放置されてそのまま死―――。


「母さん。」


 背中にゾワリと寒気の走った俺は、考えたくないことを振り払うかのようにバーゲストと戯れる母さんに話しかけた。


「なに? タケル。」


「そのさー……『イヌ』、怖くないの? だいぶでっかいよ?」


「まぁ、確かに大きいと言えば大きいけど―――イヌはイヌだし、ね。ほら、頬のこの辺りを撫でてやると尻尾を振っちゃって……なかなかに可愛いわよ~。」


―――オウッ! 母さん、肝っ玉がすわってるね。


俺は怖くて近づくこともできないのにと本当に感心する。

これがイヌ好きの愛というか博愛精神という奴なのか……?

そういえば昔からイヌには好かれていたな~、母さんって……。

イヌもネコも、動物は人間ってものをちゃんと見て相性のいい奴を選ぶって言うし……あのバーゲストとやらが俺の母さんと相性が良かったということか。

戦っていた時は恐ろしい顔だったのに母さんに撫でられて穏やかな顔つきとなり、母さんとキャッキャと遊んでいる目の前の巨大な狼は最初程の恐怖は抱かなくなっていた。


「とりあえずは―――早く街へと帰りましょう。」


 アリサのその言葉を皮切りに、再び俺たちは歩きだした。

 本当は離れて歩きたいとか後ろよりも先頭に居てくれた方がという思いが皆にあったが、おそらく同じ様なものだと思われるこのバーゲストに似た狼の特性を考えて一番後ろを歩かせることになった。

 勿論唯一言うことを聞かせることのできる母さんはその横をピタリと歩き、バーゲストが万が一暴走しないように指示を出して手綱を握ってもらう。

子犬ならいいとしても、こんな巨大な狼が後ろから付いてくるなんて恐怖以外に何ものでもないと思っているのは母さん以外は皆同じ気持ち。

 俺は恐怖を噛み殺し、あれだけ賑やかだった面々はただ黙って後ろからの圧に耐えて歩みをサクサク進めるのみであった。


「着いたわ。」


 普段歩き慣れない距離を歩いた所為でゼエゼエ息を切らして乱れてしまった息遣いと体の疲れから、ずっと下を向いて歩いていた俺はやっと着いたかと顔を上げた。


「タケルってさ~運動不足でしょ~? これぐらいの事で息を切らしちゃってさ~。」


 ユーリは俺をみて、からかう様にケタケタと悪戯っぽく笑ってきた。

 ――が、そんなことを気にする余裕もないほどに俺は緊張し、街の入り口と言われているそれを見て何も喋れなくなっていた。

 そして顔を上げたその先にある、視界には入りきらないほどの大きさの初めて見る『この街』に吃驚仰天していた。


 駅の改札の様な出入り口が設けられた大きな半円状と思われる形をしたドームがあり、聞けばなんでもこの中で皆が暮らしているというのだった。


「この感じは守っているというより閉じ込めているというようでちょっと違和感………。まるでSF映画に出てくる、地球以外の星に作った街みたいだな……。」


 俺はボソリと呟いた。


「やっぱりちょっとバーゲストをこのままここにって言うのは難しいらしい……。今は戦意も殺意もないようだし、その辺に放ってもらっても――いいかな? 長官も、危険性がないと思うなら一先ずそれでいいって言っているし――。」


 入口前の壁に備え付けられたかなりハイテクといった造りの電話の様な機器で、おそらくはユーリたちの直属の上司というよりもう少し上の偉い人と思われる相手と喋っていたユーリが、俺の方を向いてそう話す。


「分かっているよ。」


 俺はここまで連れてきた母さんにお願いし、バーゲストとお別れをした。

 結局はお別れをするという結果になったわけだが決してそれは無駄なことではなく、あれほど殺意が消えて大人しくなったバーゲストはこちらの――いや、母さんの言うことを聞いて良い子にしていることができたという、俺の力の証明になった。

 なにしろ街の周囲360度余すところなく見れるように監視カメラをかなりたくさん設置しているという話で、今の一連の出来事はバッチリとそのカメラで記録されているはずだからである。

 今来た道を逆方向に走り去っていくバーゲストに向かって「またね~」と手を振り、見えなくなるまで母さんは見ていた。


「さぁ、行くわよ。タケル。」


 三人は順にICカードでも通すかの如く右の手の甲を改札の様なもののに当ててチップを読み込ませて中へと入っていく。

 どうしたものかと悩むがとりあえず皆と同じ様にしてみる。

 ――と、思った通り警告音がビーっとけたたましく俺が街の中に入ることを拒絶された。

 まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが……。


「どうしたのかしら?」


俺を最初に助けてくれたアリサが俺のことを心配そうに話しかけてくる。


「ど、どうしたんでしょう……。壊れでもしたかな?」


 ドキドキしながら俺は「チップが無いことをここで初めて知って慌てて焦る」演技をした。

 無理があり過ぎると思うが仕方がない。

 でも都合よく俺の右手の甲に大きな傷痕があったおかげで信じてもらえ、バーゲストを従えていたという功績を監視カメラを通してみていた長官とやらがユーリからの俺についての報告を聞いて街に入る許可を与えてくれた。

 ラッキーなことに助けられ、」とりあえず街に入れたことにホッと胸を撫で下ろして安堵した。


 ―――これで今のところは死の危険は回避されたな。


 俺たちは街の出入り口に作られた監視塔の中を通っていく街へと抜ける為の道を歩いていると、薄暗がりの道中で母さんの姿は徐々に薄くなっていき、道を抜けきった頃には消えてしまった。

 召喚されたものというのは役目を終えると自然と消えてしまうものらしく、三人はその事には特に驚かずにサクサクと歩いて行った。

そうして街の中へ出ると、やっとドームの覆いで外からは見えなかった街の全貌が視認できる所へと来た。


「これが――街?」


「ええ、そうよ。」


 俺は驚きすぎて言葉を失った。

 混乱し過ぎて呆然と立ち尽くす俺の背中をアリサがせっついてきたので、正気に返る事はできたが――本当に驚愕の一言である。

 このドームの中に隠されていたのは、まるであの有名なヒルズを思い起こさせるようなどデカいビルが三つ――。

 それを正三角形の頂点にして数か所の高さに設置された幾つかの渡り廊下で繋がれたもの――それのみなのだった。


「えっと……他には?」


「他? 他って??」


 俺の問いかけにすぐに返事をしてくれたユーりは、キョトンとした顔をして小首をかしげた。


「この建物の中には住居も働くところも買い物するところも――全部入っているの? ――どこの街もこんなもんだったっけ?」


「あぁ、そうだ。」


 監視塔の中を抜けている間に俺が記憶喪失――だという話をしていたので、この質問にも特に怪しいとは思われることはなくヒナタがさらっと答えてくれた。


「そうか――そうか―――。」


「記憶喪失だと色々と戸惑うわよね。ねぇ、タケル――だから暫くは私たちの家で一緒に住むといいわ。長官に言えば保護施設なり病院なりに入れてもらえるとは思うけど……これも縁だしね。特にこの街は、副首都だけあって規模も大きいから複雑で中に入れば迷ったりすることも多いと思うし……。」


「えっ、あっ……ぃ、えっとぉ―――。」


 アリサからの申し出に俺は顔を真っ赤にしてかなり戸惑ってしまった。

 一緒に住む――だって!?


「あ、あの……女の子の家に男の一緒に住むだなんて――。しかもどこの馬とも知れない俺が――。今はかっ、彼女もいないし……えっと、えっと―――。」


 もはや慌てふためいてしまって何を言っているのか分からない状態で、しどろもどろになっている俺の姿にヒナタがプッと吹き出し、それを皮切りにして三人はゲラゲラと笑い転げた。


「あっ、あのね。一緒に住むって言ったのは私たちの家だから。」


 ユーリーはヒーヒーと必死に笑っているのを堪えて俺に話しかけてきた。

 それでも言っていることがいまいちピンと分からずに俺がホゲーとした顔をしていると補足するように更に話を続けてきた。


「言えって言うのは私たちチームに用意された家だからね。」


「そっ。だから俺ァも住んでるっていうわけ。家の中の部屋割り的に同室になると思うけど……よろしくなっ!」


 もはや遠慮も警戒もなくなってベタベタと接してくるヒナタは、グッと親指を立てて陽気に喋りかけてくる。


「――おう……。」


 俺の知っているあの『ヒナタ』とは真逆の、陽気でパリピな雰囲気が漂うこの『ヒナタ』にはちょっと苦手だなという気持ちから必要以上に距離を取ろうと俺は自然な感じに離れてみるが、グイグイと距離を詰めてくるので困る。


 ―――こんなのと同室とか……鬱でしかない。


 俺が体の奥底から絞り出す様に深い溜め息を吐くと、アリサが寂しそうな表情をして俺の顔を覗き込んでくる。


「もしかして……私たちと一緒じゃあ、お嫌、ですか?」


 ―――ウッ! その顔は反則です。


 攻撃力の高い美女の寂しげな顔は俺の胸を深く抉り、ニヘラと愛想笑いをして全てを受け入れざるを得ない気持ちにさせた。


 ―――いやいやいや、無理だしっ!


 俺は首をブンブンと力いっぱい横に振った。


「嫌……ではないんです。ないんですけど、知らない人といきなり同室っていうのは、ちょっと―――。今はまだ一人になれる空間がないと精神的に疲れてしまうと思うので……できたら一人部屋にしてもらえると助かるんですが―――。」


 俺は身を低くして申し訳ないという気持ちを前面に出して話した。

 ぶっちゃけて言えば、ユーリかアリサと同室って言うのなら何の問題もないんですけどね。

 でもそんなことは言えるはずもなく、ヒナタとの同室を阻止する為に一人部屋が欲しいということを押し出した。


「そっ、か……。そうですよね~。」


 俺の話を聞いてアリサはホッとしたように顔を綻ばせて笑顔になった。


「ねえ。っていうか――こんな所で長話をしてないで中に入ろうよ。」


 ヒナタはクイっと立てた親指の先を一つのビルの方へと向け、早く行こうよと急き立てて来た。

 ビルの外の庭のような場所には誰も居ないから気にすることも無く長々と話をしてしまっていたが流石に落ち着ける場所に座るなりしたい。


「じゃあ……行こっか。」


 アリサは機嫌が良さそうにニッコリと笑顔を向けると俺の手を引き、軽い足取りで中へと入っていった。


 ―――可愛い……。


 どうしよう……ちょっとアリサにときめいちゃったかもしれない。


「ん? どうかした?」


「いや、なんでも――。」


 アリサは振り向いて俺の目を見つめ、フフッと笑っていた。

 そしてビルの中へと入るとそこはホテルのロビーみたいになっており、外とは打って変わってどこから湧いて出たんだと言うばかりの人・人・人だらけで―――疲れた。


「私たちの家は十階よ。だけどせっかくならエスカレーターを使って商業施設を見ながら行く? その方がタケルもいいでしょ?」


「あぁ、そうしてくれると助かる。どこに何があるのかこれから覚えなきゃならないしな。」


「――だって~。ユーリ~、ヒナタ~。だから今日は歩いて行くわよ~。」


 アリサは楽しそうに俺の手を引き、歩くところ歩くところにあるお店や様々な施設を一つ一つ説明してくれた。


「さっ、ここよ!」


 十回の長い廊下の途中にある一つのドアの前に止まった。


「ここが――俺ァたちの家だ。」


 中へと入るとかなりゆったりとした広めの造りとなっており、大きなソファとテーブルが真ん中にデデンと置かれていた。


「座って待ってて。今何か飲み物でも入れるわね。」


 家の中に皆が入ると、率先してユーリが台所と思われる方へと歩いて行っていた。


―――ユーリが一番年上だからなのかな。


 と、ここに来るまでの間にヒナタが俺よりも年下の二十一歳と言っていたことを思い出し、ユーリの姿をやっぱりお姉さんなんだなあとぼんやり眺めていた。

 そんなこんなで、ジュースを飲みながらこれからの事について色々と話をした。

 結果、部屋については物置にしている小さな部屋を片付けて俺が住む形となり、俺のことを長官とやらに報告した後に召集がかかってきっと妖術師についての特別な勉強をさせられるだろうから覚悟をしておいた方がいいよと言われた。


「覚悟、と言われても……。」


「長官直々に選出して用意した講師だろうし、厳しいと思うわよ~。」


 ―――怖っ!


 そしてユーリに言われた通りにその次の日には俺はお呼び出しがかかり、このビルの一番上の方にある部屋で長官とやらに色々な質問を受けた。

 怖い顔をして不審者扱いをされたかと思えばその次には柔和になったりと忙しく―――後から思えば試されていたのかもしれないと思う。

 そして強制されて行われた勉強部屋では大丈夫かなと心配になるほどの年齢に見える爺さんが座って待ち構えていた。


「――よろしくお願いします。」


「はい、よろしく。」


 この爺さん、見た目の割には快活で――予想通り厳しかった。

 でも……与えられた楽譜通りにリコーダーで演奏しても何の事象も起きず、何日も何日もそれを繰り返しているのにも拘らず一向に俺には進歩が見られなかった。

 何も起こらないという事に溜め息を吐かれ、厳しさは日々増していくばかりであった。


 ―――いや、もう……無理っ!


 俺自身その事に耐えられなくなり、苛立ちからまたもや適当に演奏すると―――。


「ぅえぇぇーーー!!」


 前の時と同じく白い煙がボワンと立ち上って中から誰かが現れた。


「――母さん?」


「ふぇっ? ――っ!! お兄!」


 なんと、現れたのはあの日以来久しぶりに見た妹で―――今再会してはいけないタイミングだった。


「キャア!」


 妹は俺の顔を見るや叫び声をあげて両腕で胸を隠し、その場にうずくまってしまった。


「いや~ぁ、まさか下着姿だとは思わず……。」


 俺はハッハッハッハッと笑って一先ずはと妹に自分の着ていた服の上着を差しだした。

 たぶん着替え中とかのタイミングに召喚してしまったのだろう。


 ―――悪い事をした。すまん、妹よ。


 そして妹に事情を離している最中にまたもやその姿は消えてしまった。

 その後何度試すも母か妹か父しか召喚させることができず………。


 ―――あれっ? 予定と違う!!


 俺の抱いていた夢のワクワク異世界無双ライフはこれにて完となったのであった。

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