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【ありえるかもしれない狂気】短編集

終わらない妄想と親子丼

作者: ノタマゴ

 よく、タツキってボーッとしてるよね、と言われる。

 半分正解ではある。

 じゃあ残りの半分は、というと、頭の中はボーッとしていないということになる。

 むしろ、妄想で頭の中はせわしなく動いている。

 昔から一度妄想の世界に入ってしまうとなかなか抜け出さずに(こも)ってしまう(ふし)があるのだ。


 例えば、俺の大好物の親子丼があったとしよう。

 目の前に出された俺は[親子丼]の字を思い起こす。

 そして[親子]に目をつけ、色々変えていく。

[親子丼、兄弟丼、姉妹丼、両親丼、爺婆(じいばあ)丼、孫爺(まごじい)丼、孫子(まごこ)丼(ここで一瞬中国の孫子(そんし)を想起したりする)、西郷(せご)丼………………]

 どんな姿かを想像しながら入り込めば、自然と可笑しくなっていつのまにか小一時間は経過しているものだ。


 また、俺は嫌なことやストレスが重なると世の中全てが心配になって体調が優れなくなる。

 今している塾のバイトはもちろん、人間関係、道路の交通安全、さらには普段の食べ物についてもだ。ひどい時には、いつも食べているものなのに、毒物が入っているのではないかという妄想までしてしまう。

 根っからの妄想体質。それは、楽しい方向にも、楽しくない方向にも働く。


 以前、家族旅行をしている時にこの体質で体調を崩したことがある。バイトでのストレスを引き継いでしまい、旅行での心配が積み重なって起きてしまった。家族には迷惑をかけた。俺も仕方ないと考えることにした。生まれ持った体質なのだから、それなりに対処して、時には受け止めるしかない。

 父も母も、兄も、元気付けようとしてくれた。俺は幸運だ。いい家族を持ったものだ。だが、兄が励まそうとして繰り出した会話が色々な意味でとても印象に残っている。


「タツキって、"エンパス"なんじゃね?」

「えんぱす?なにそれ」

「他人に感情移入しすぎてストレス溜まっちゃう人のことだよ。」

「まあ……それはその日の気分によると思うけど。」

「そうかなあ、おれマジで人に感情移入できねえわ。」


『俺をサイコパスではないと差し置くことで自分はサイコパスだという"悦"に浸りたいだけだろ』と言いたかったが、他人の悦ほど下らなくて滑稽なものはないので静かに嗜んですぐに忘れることにした。励まし半分、悦半分、兄はそういう人間だ。

 しかし、ここから頭の中は兄が遠ざかっていき、[サイコパス]についての妄想を膨らましていくようになる。そしてこれまでの人生で最大級の妄想の連鎖を引き起こしていた……。


 以下、最大級に膨らんだ妄想である。



*****



 もちろん兄弟でもあるから、思考も少なからず似てくるだろう。そして、兄と同じく自分もサイコパスなのではないかという疑問を持ったことはある。過去に深く考え込んだりもしたが……


 至った結論としては、『わからない』だ。


 俺は法を犯してまで他人を脅かそうなんて一切考えたことがないからだ。法を破ったら必ず自分に見返りがくる。そんなリスキーなことはしたくない。殺人事件のニュースを聞く度に後先考える脳が足りないまさに無脳な人々だな、と正直見下してしまう。表層的な事柄しか見ないで行動に移してしまうのは、滑稽極まりない。もし現代で俺が殺人を犯すとしたら、『罰というリスクを凌ぐほどのハイリターンがあった時』だろう。


 俺はドラマや映画をよく観ているから度々特殊効果というものに出くわす。まるで現実に起きているかのような血の噴出や怪物の存在だ。

 妄想の足りない部分は、現実である。

 それを補完するのが、ドラマや映画のような映像作品であり、最も現実に近い虚構である。

 妄想の補完にありふれた今、現実はハイなリターンではない。

 だから、自ら行動して妄想の検証をすることは恐らくないと思う。


 ならば、もし仮に、殺人が法で禁止されていない世界で生まれ落ちていたとしたら……一回はその感触を味わってみたいとも思う。何事も一度は経験してみたい。そういう意味では、生まれながら好奇心が旺盛な人物に見られているのかもしれない。あまり実感したことはないが。


 さて、俺がこんな話を突然公に晒すとどうなるのか、それは目に見えている。世の中には分別が存在しているから、実行する気はなくとも白い目で見られるに違いない。

 だが、この殺しの妄想も数ある大きな妄想コレクション棚の一冊でしかない。もし他人に漏洩してしまっても、本来なら身構える必要はない。どうせその人も似たような妄想をしている。なのに実際は彼らは「狂っている」と糾弾する。正直に自分の思いに従えずにいるのは哀れではないか?単なる妄想なのだから、腹を割って話そうではないか……。



*****



 以上。ここまで膨らむのは、俺が体調が良くなっていた証拠でもある。回り回って兄に感謝をするべきだろう。

 そして、今こうして考えているのも、体調が良い証とも言える。


 昔から他人の感情は何となくわかった。兄をはじめ、周りの人々全ての感情を読んで、上手く立ち回って生きてきたように思える。

 人々は感情を複雑化しすぎている。実際は至ってシンプルなのに、だ。

 普段表出する感情の本質は内面を"隠す"こと。

 対話の際はいつも建前の顔から本当の感情を指摘して、正直に言わせていた。もしかしたらこのせいで嫌われていたのかもしれない。


 経験上、人間は実際はシンプルなのだ。あっても数ページで説明はつくはず。長々と書かれた解説本に金を掛ける意味はない。

 そしてシンプルゆえに、他人の余計な感情はつまらないし、何より共感ができない。

 自分と関係が無いのに、なぜ皆が干渉したがるのかがわからない。そんなに他人が気になるのだろうか。トラブルの元は大半が個人の問題に他人が余計な介入をするせいではないか。

 さらにいえば、真っ当な人間である俺ができることを、なぜ他人ができないのかもわからない。

 塾講師をしているときも、生徒が一向にわかってくれないとき、正直"何でわからないのだろう"という疑問が頭を占領してしまう。

 こんな簡単な問題でなぜつまずいてしまうのだろう。不思議で仕方がない。

 ……いや、逆に言えば、俺の"不思議"という感情がこのバイトを長続きさせているのかもしれない。不思議はとても興味深いものだろう。生を掻き立ててくれる大切な存在だ。塾の仕事は俺の中で「興味のない他人の感情」と「興味のある俺自身の感情」がぶつかり合う。"興味のジレンマ"との戦いでもあるのだ。

 少し、考えを撤回しよう。「他人の感情に興味がなく、自分ではない者の影響で動く人の心情がわからない」といっていた俺ではあるが、こんなにその人々について考えている時点で、本質的に俺は他人に興味があるのかもしれない。周りの人間だけでなく、もはや全人類の普遍的な性質を探求している時点で、むしろ人以上に興味があるともいえる。これはまた分析のしがいがあるな……。


 ところで最近は中学生に理科を教えている。塾にも慣れ、教え子とともに楽しむことを覚えた。当時知り得なかった知識を生徒と共に知れるのも驚きがあって面白い。


「あー、これはね、哺乳類だよ。魚類、爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類の五つのグループがあって、問題ではAグループだけが抜けているでしょう?哺乳類しかできないのがあるんだよ。胎生っていうんだけどね、体の中である程度成長させてから子供が産まれるんだ。」

「へー!じゃ他は全部卵産むの!?」

「そ!卵生、というんだよ。よく理解できたね。」


(あ、じゃあよくよく考えたら親子丼は卵生しかできないんだな。人じゃできないということか。いや待てよ、子宮を丸ごと取り出せばいけるのだろうか……。そうすると母子丼限定か……どうやって食せばいいのだろうか……熱せられれば内側が膨張するのだろうか、プチっと鳴りそうかな……ふむ……)


 今日も小さなアイデアが雲のように膨らみ、頭の中にできた未開の地の入り口に自らズルズル吸い込まれていく。

 ()()にたどり着くまで俺の妄想と分析は終わらない。

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