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虚構

 今は、土曜の昼下がり。

 通常なら、腹も満たされ、適度に眠たい、そんな安寧に浸れる現代のオアシスとも言える時間だ。

 しかし、今の俺は、昼飯を食べ終わってしまったという事実に、只々打ちひしがれていた。


 集合時間は、二時。

 集合場所は、遊園地の入り口。

 それらの事実は、揺るがない。


 昼飯というイベントを超えたが最後、明確な輪郭を帯びた遊園地が、俺のもとへ急激に迫って来るのだ……怖い。

 いや、怖くは無いか。


 俺は、慣れない食器洗いをしてみる事にした。

 所謂、現実逃避である。


 上梨曰く、俺は約束を破ろうとする人間らしいし、マジでサボっちゃおうかな?


 あー、家出る時間まで何をしていようか?

 暇だしウニョウニョもとい、魔力のパス……切除するか?


【るぇゑ、ぇるぇ、ゑぇる】


 ウニョウニョ、出してみた。

 いや、まだ切らなくても良いだろ……痛かったら嫌だし。


 というか、昨日上梨にサボるつもりだって言っちゃたし、むしろサボった方がいいのではないか? 

 などと考えながら、外行きの服をバッチリ着ているのだから、俺は存外ひねくれているのかもしれない。


 

 うん、寝よ。



+++++



 俺は、リビングにいた。

 といっても、叔父さんの家のリビングではない。

 俺が、小学生の頃に住んでいた家のリビングだ。



 ……つまり、俺は夢を見ている。



 しばらくして、目の前に小学生の俺と、母が現れる。

 二人で昼食を食べているようだ。


「ごちそうさまでした」

 過去の俺が、食事を終えた。

 その瞬間、母が俺の目を凝視する。


「ちょっと、貴志君。まだママが食べているでしょ。何で先に食べ終わったの? ママと一緒に、ご飯食べたくないってこと?」


「ち、違うよ」


「じゃあ何で先にごちそうさましたの? いつもママ、相手の事を気遣える人になりなさいって言ってたわよね?」


 母が、過去の俺に顔を近づけ、ギョロリと瞳を覗き込む。


「ごめんなさい」


 過去の俺はシュンと俯いている。

 今にも泣きだしそうだ。


「貴志君、泣くの? ママはね、貴志君の為に言っているの。貴志君はあいつの血が混じっているから悪い子なの。ママの言う事を聞かないと善い子になれないの……返事をしなさい!」


 母はヒステリックに怒鳴りちらし、過去の俺は泣いている。


 記憶通りの、地獄絵図だ。


 泣いて返事を返さない過去の俺を見て、更に母がキレる。

「返事もできないの? ママの言う事が聞きたくないってこと? あいつもそうやって話しを聞かないで私の事を捨てたの! 貴方はママがいないと善い子になれないのよ! ママは貴志君の為に頑張っているのに、そうやってないがしろにするのね!」


 過去の俺は顔をベチャベチャにしながら、慌てて首を横に振る。


「じゃあ、ママの言う事聞けるわよね? 人に気遣いができなくて、ごめんなさいは?」


「ご、ごめんなさい……」

 ああ、俺が貶められている。

 不愉快だ。


「じゃあ、悪い子日記に今日の事書いておくから、ちゃんと音読するのよ」


「……はい」

 過去の俺は、とぼとぼと母について部屋に消えて行く。


 俺の視界から消える最後の瞬間まで、母は俺の目を凝視し続けていた。


 扉の向こうからは『貴志君の為』と、ヒステリックに叫ぶ声と、過去の俺の吐瀉物を撒き散らす音が聞こえる。



 何が、俺の為だ……俺の言葉も聞かないで。

 お前のエゴを押し付けるな。



+++++



「ピーンポーン」

 チャイムの音で目が覚める。


 最悪の気分だ、吐きそう。


 くそっなんで寝起きから不快にさせられなきゃいけないんだ。

 貴方の為だ、善い子だとか、気持ち悪い。

 はあ……もう過去の事だ。夢で心を乱すなんて、馬鹿らしい。


 時計を見る。

 

 一時二十分……遊園地に行くには、少しだけ早い時間だ。

 しかめた顔を作り、ぼさぼさの寝癖をそのままに玄関に向かう。


 玄関の扉を開けると、ミンミンと騒々しい蝉の音に乗って、噎せ返るような熱気が家内を侵した。

 不快感に、よりいっそう顔をしかめる。


 俺は何とも言えない気持ちの行き場を探しながら、予想通り立っていたその女に言葉を投げつける。


「来やがったな」


 昨日一緒に帰った時に家がバレたか。引っ越そうかな? 

 まあ、叔父さんの家だから無理だけど……。


 俺の取り留めない思考を他所に、上梨はやはり、安心したような笑みを浮かべる。


「早く準備して。遊園地は、サボらせないから」


「うぃ」

 ダラダラと部屋に戻る。

 五分くらいは、ごろごろしてても構わんだろ。


 ベッドにもぐりこみ、スマホを手にとる。

 今は1時22分か。25……いや、26分まで、ごろごろしよう。


 ネット掲示板を開き、だらだらと画面をスクロールする。

 こういう時間の集大成が、きっと幸せという名のナニカなのだろう。


「ふっ」

 しょうもない書き込みで笑ってしまった。不覚。


 最悪の感情がボコボコに湧き上がって、こない。

 そんなしょうもない事をしていたら、もう二十七分だ。

 とんでもない。


 急いでバッグを引っ掴み、その拍子に何かが落ちた。

 叔父さんが前にくれた、趣味の悪いネックレスだ。


 そのまま階段を駆け下りようとし、ふと引っかかる。

 もしかしてこれ、なんかの魔法アイテムなんじゃないか?


 でも、ダサいからあんまり着けたくないな。


 数秒の葛藤の後に、俺はネックレスをバッグに放り込んだ。


 玄関には、五分前から全く動いた気配の無い上梨が立っていた。

 気持ち悪い女だ。


「遅い」


「……現代人が生き急ぎ過ぎなんだよ。もっと緩やかに生きろ、スマホと共に五分間ごろごろしていた俺のように」


「ほら、早く靴を履いて」


 こいつ、俺の話をスルーしたのか?


 何はともあれ、俺たちは予定よりも五分早く、遊園地にたどり着いた。

 ガキは、入場門の隅で小さく収まっている。


 あ、ガキがこっちに気づいた。

 しかし、すぐに気づいてない体を装い始める。


 なんだ、あいつ。

 めちゃくちゃ浮足立ってるくせに隠そうとしてやがって。


 俺達に見つけて欲しいのか?  

 複雑なお年頃かよ……。


 俺は、わざとらしく明後日の方向を見ているガキに近寄る。

「おーす。待ったか?」


「今来たとこ! たかし、今日も五分前なんだ」


「上梨が迎えに来たからな」


「そう……」

 ガキがチラリと上梨を見る。

 上梨がおずおずとガキを見つめ返す。


 めんどくさぁ。

 何なんだ、こいつらの距離感は。


「ほら、さっさと観覧車に行くぞ」


 入場料を支払い、遊園地に入る。

 瞬間、非日常的な光景が俺の視界を覆う。


 大小様々な遊具。


 聞こえてくる甲高い悲鳴。


 四方から流れてくる音楽。



 そして何よりも、無限にも思える人の群れだ。



 ……多すぎるだろ。


 こんな数どこに潜んでやがったんだ?

 ゴキブリみたいにワサワサ湧きやがって! 


 ふつふつと不満を沸き上がらせながら、ちゃんと同行者が付いて来ているかを確認する。

 ガキは物珍しそうに周囲を眺めているが、上梨はずっと地面を見つめている。


 うわあ、性格出るな。


「おい、俺はガキの手を持つから、上梨も逆の手を持て。この人込みから、迷子を捜す気力は無い」


「ほんと!?」


 ガキは、信じられない者を見るかのような目で、俺を見る。

 何をそんなに驚いているんだ?


「ほら」 

 俺が右手を差し出すと、ガキはおずおずと俺の手を握った。


「離すなよ?」


「ぜったい! はなさない!」

 いい心がけだ……ん?

 左手にも、何か触れている。


 左手を見る。


 人の右手が重なっている。


 視線を上げる。


 薄く頬を染めた、上梨の顔がある。


 なるほど、上梨が俺の左手を握っているのか。



 いや、なんでだよ。



 もしかして、逆の手を持つように言ったのを、ガキの手じゃなくて、俺の逆の手の事だと、勘違いしたのか?

 とんでもない女だ。

 そんなに、しみじみと嬉しそうな顔をされたら、指摘し辛いだろうが。




 俺は、上梨とガキの手を左右に握ったまま、観覧車へと歩を進めた。


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