未来
運ばれて行く丸太、垂れ幕、楽器の数々。
数日にして水髪山の中腹は、祭事の会場へと姿を変えて行った。
準備が、着々と進んでいる。
警察は、神域に籠って手が出せないせんゆう様を、祭事に姿を現したタイミングで封印するつもりらしい。
黒崎さんが警察の人達に奉納演舞の指導をしている所も見たが、なかなか迫力があって良かった。
明日香ちゃんも、色々な場所へ行って不安要素を潰して回っている。
皆が、独自に頑張っていた。
それに対して、私のできる事は無い。
警察が動いているのだから当然なのだが、やはり少し悔しかった。
私がボンヤリと準備の進む様子を眺めていると、後ろから声をかけられる。
「上梨美沙、少し良いですか?」
……カサネさんだ。
私は思わず身構える。
この人には良い印象が無い、あまり関わりたくないというのが本音だ。
「……何か用?」
「私の目論見が失敗したので、誤解を解いておこうと思いまして」
「目論見?」
「ええ、どうせ過去に戻るなら私の事を好きになってくれても良いよね作戦の事です」
カサネさんは真顔で、長々と俗っぽい作戦名を言い切った。
「前に言っていたキスは、その作戦の一部だったって事?」
「はい、色々と理由をつけて無理やり唇を奪いました」
カサネさんは、真顔で最低な事を言う。
「彼がキスをするなんて、何か事情はあるのだろうと思っていたけれど、およそ考えうる限り最悪の理由ね」
「ええ、最低最悪です。他にもズル賢く頑張ったのですが、振られました」
振られたんだ。
少しだけ嬉しくなる。私も大概、最悪だった。
カサネさんは不満そうに少しだけ声のトーンを下げて、更に言葉を続ける。
「……あいつ、おかしくないですか? あれだけボロボロに傷ついている状況で、過去に戻れば全て解決するんですよ? 最後の数十分くらい愛してくれても良いじゃないですか」
カサネさんは、不満そうに少しだけ眉を顰める。
そんな様子が、また少しだけ優越感を刺激した。
……そして、また少しだけ自分が嫌になる。
「カサネさんは、鏡島貴志のどこを好きになったの?」
「振られた女に、そういう事を聞きますか……」
「ああ、ごめんなさい。少し気になって」
カサネさんは小さくため息を吐き、ボソリと呟く。
「強いて言うなら……目です」
「……目?」
「あいつは結構、良く見てるんです。良く見てても、間違えてばかりなんですけど……それでも私を見て、考えてくれるんです」
カサネさんは相変わらず無表情だったけれど、とても優しい声音だった。
鏡島貴志を好いている人は、彼について話す時に良くこういう声を出す。
明日香ちゃんも、黒崎さんも、大蜘蛛様も。
恐らく、私も。
少しだけ、嬉しくなる。
ああ、早く鏡島貴志に会いたいな。
思わず口元が緩んだ私を、カサネさんは怪訝そうに見つめていた。
+++++
「君は、いつ見ても愛らしいな」
せんゆう様が気品のある感じで微笑みながら、もう何回目かの誉め言葉を口にする。
なんとも気まずい。
食事中の男子高校生を捕まえて、何を言っているのだろうか?
上梨のノートにも度々、可愛いだの、愛いだのという言葉が出てきたが……恋は盲目という事なのだろうか?
いや、違うな。見えてはいるが、認識の部分がバグっている。
実際、恋愛中の脳なんて謎ホルモンが止めどなく出ているだろうし、バグみたいなもんだろ。
「……ふふ、愛いなあ」
「まだ言うか、もう少し落ち着いて飯を食わせてくれ」
「仕方が無いだろう? 落とし子を創ったとはいえ、私が復活できる保証は無かった。今くらい愛でさせておくれよ」
「いや、お前もう三日くらいその調子だろ。あんまり褒めてると、自己肯定感が高まり過ぎてアイドルでも始めようかと思うだろうが」
「アイドル? 何だいそれは?」
せんゆう様は、キョトンと首を傾げる。
こういうのも、ジェネレーションギャップと呼ぶのだろうか?
いや、違うのは世代というよりも時代か。
……時代って、英語で何と言うんだ?
まあ、何でも良いか。
「アイドルってのはヒラヒラした服を着て、歌って踊る職業だ。そして今思ったが、よしんば俺が可愛くとも、歌って踊れないから無理だった」
「なに、時は無限にある。君がなりたいのなら、練習すれば良いだけさ」
そう言って微笑むせんゆう様は、俺なんかより余程アイドルに向いていそうだった。
このままでは、アイドルをする事になってしまう。
話題転換を図らなければ。
「……それよりさ、皆に開くよう言っていた祭りには、お前も出るのか?」
「ん? ああ、勿論。私はまだ神として認められていないからね。力を取り戻す為にも、人々の祈りを聞き届ける必要があるんだ。それに、君との婚姻も知らしめなければならない」
「こ、婚姻か……」
どうしてこうなった?
「まだ、落とし子の事を気にしているのかい?」
せんゆう様の影が、ゆらりと蠢く。
先ほどまで凪いでいた空気が、不穏に渦巻始める。
木々がざわめき、湖が波立った。
このままでは、雷さえ鳴り出しそうだ。
「まてまてまて、落ち着けって! 皆殺しとか、呪いとか、物騒な事を考えるんじゃねえぞ? ほら、ちゃんと説明するからさ」
「……ああ」
ひとまず、せんゆう様は落ち着きを取り戻す。
「俺は何と言うか、ずっと家族というものが嫌いだったんだよ。今でこそ、色んな奴と話して苦手意識は消えたけど、いざ自分が婚姻とか言われると……やっぱり思う事があるんだ」
無論、受け入れる必要がある事は分かっている。
元々、俺の目的は上梨と明日香が死なないようにする事だ。
そして、俺がここで自分の感情に折り合いをつければ、その目的は達成される。
だったら折り合いをつける為に、もう少し深くせんゆう様の事を知るだけだ。
「せんゆう様の母親は、どんな人だった?」
せんゆう様は、悲し気に表情を歪める。
「母は、異形の私を見るなり捨てたよ……母以外も、私の事を気味悪がった。私が成長するにつれ、嫌悪は恐れに変わり、恐れは畏れに変わった。そして最後は、荒神様という訳だ」
小さく息を吐くと、せんゆう様は蕩けたように笑いながら俺を見つめた。
「私に優しくしてくれたのは、君だけだったよ……愛おしい人」
……依存、という奴か。
こいつの気持ちは、ちょっと分かる。
俺も小学生の頃は、誰かが自分を助けてくれるんじゃないかと、ずっと期待してた。
結局、待ってるだけじゃ誰も助けてくれないと気が付いて行動した結果、叔父さんの所に収まった訳だが。
もしあの時、助けを期待していただけの、あの時に救われていたら……俺もこうなっていたかもしれない。
「なんかまあ、世の中って嫌な事が多いもんな……」
「ふふ、神を救えるのは、神を信じぬ君だけだよ」
そういって微笑む表情は、どこまでも妄信的だった。
ちゃんと依存させてくれる人がいれば良かったのだが、生憎と俺は今も未練がましく上梨や明日香の事を引きずっている。
果たして、俺かせんゆう様が変わるのは、何年後の事になるのだろうか?
なんとも救いの無い現実に、俺はやるせなく空を眺める。
作られたような青空は、今日も、昨日も、一昨日も、同じように快晴だ。




