記憶
「……まあ、お前の問いに真面目に答えるのは構わん。だが、俺に真面目さを求めるなら、もう少し具体的に質問してくれ」
俺の真剣な表情に、上梨は露骨にビビる。そんなに人のことを知るのが怖いのか?
上梨が深呼吸をし、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。
「何故、貴方は時々思い出したかの様に突き放した事を言うの? 何だかんだで、私達に手を貸す貴方が、どうしても本心からああいった事を言っているとは思えないの」
真っすぐに嫌な所を突いてくるな、こいつ。
「簡単な話だ。トラウマだよ。俺の母が、まあ所謂、教育ママだったんだよ。夫に俺を認知されなかったのが弾みになったのかは知らないが、自分にもできない『善い事』をするよう俺に強要してきた」
「っ……」
「おい、同情の目で俺を見るな。たしかに俺の『善い事』というか、『善い人間性』に対する嫌悪感の原因はそこだが、教育ママと子供の対立なんざ何も珍しい話じゃない。多くの奴にとっては、そんなことで? ってなるような話だ。可哀そうな空気に流されるな」
「でも、貴方は辛かったんでしょ」
……まあ、うん、辛かった。
だが、そんなに分かりやすい『性格が悪くなった理由』の部分を見せたら、お前の何かしらが、どうにかなるんだろ?
俺が性格の悪い事を言う度に、お前が安心したように笑う事なんて、もう気付いてんだよ。
天邪鬼精神で、『善い奴』の俺が、ちょっとくらいなら『悪い奴』を演じてやる。
「上梨、俺は辛かったんじゃない。あるのは母に対する嫌悪と憎悪だけだ、勘違いするな。最初は反抗心からくる性格の悪さだったかもしれんが、今は素だ」
一呼吸置いて、色々な感情を抑え込む。
「なんなら、明日の遊園地もサボるつもりだったしな」
俺は、ニヤリと唇を歪める。
果たして、上梨は安心したように笑っていた。
「『加賀山君専用嫌なところノート』に、約束を破ろうとするところ、も追加しておく」
……失礼な女だ。
結局その後は、終始ニコニコと罵詈雑言を吐かれながら、一緒に帰った。
+++++
俺はダラダラと課題をこなしながら、無意識に魔法をウニョウニョさせる。
もうなんか見慣れたけど、これ魔法なんだよな。
一応、遊園地で本物の怪物に遭遇する可能性を考えていた方が良いのか?
課題にもいいかげん飽き飽きしてきたし、叔父さんに怪物の詳細を聞きに行くか。
どっこいせ、と立ち上がる。
自分の部屋ずっと籠っていると、階段を降りる事すら億劫だ。
だらだらと己の体を引きずりつつ、なんとか叔父さんの書斎にたどり着く。
長いようで短い旅路だった。
「叔父さん、ちょっと良いっすか」
「何ですか?」
「前聞いた、せんゆう様の落とし子について詳しく聞いときたくて……」
「ああ……そうですか」
叔父さんは少し困ったように笑むと、覚悟を決めたように話し始める。
「せんゆう様の落とし子というのはですね、この千雄町に伝わる物語に出てくる怪物なんです」
意外だな、てっきりネット都市伝説的な物だと思っていた。
「昔、千雄町にはせんゆう様という氏神がいたんです。そのせんゆう様は、人間の女と恋に落ちましてね。しばらくすると、二人は子を成しました。そうして、しばらくの間は平和に暮らしていたのですが、女が人間の男と浮気をしたのです。それに怒ったせんゆう様は、女と自分の間に生まれた子に、女を喰わせました。しかし、それでも怒りは収まらず、せんゆう様はその子を殺し、死体を使って女の故郷に呪いをかけたんです。そこで、問題になってくるのがせんゆう様の性質なんですが……どんな性質か分かりますか?」
エグい話から、唐突にクイズタイムに移行するな。
くそ、叔父さんの面倒な所が出てきたな。
考えてるポーズだけとっとくか。
うんうんと唸ってみる。
叔父さんはニコニコと笑っている。
うんうんと唸ってみる。
叔父さんはニコニコと笑っている。
むむむむっと唸ってみる。
叔父さんが口を開く。
…………来た!
「ヒントをあげましょう。せんゆう様って、漢字で書くと『戦の友』と書く『戦友様』とか、『占めて有する』と書く『占有様』とか、他には、この町の名前と同じ『千の雄』と書く『千雄様』だとかいう字になるんです。さあ、せんゆう様がどういう性質の神格か分かりましたか?」
せんゆう、戦友、占有、千雄。
「侵略するタイプの軍神とかっすかね?」
「その通りです。欲しいもの、気に入ったものを全て自分の手中に収める荒神。貴志君の言う通り軍神というのが主な側面ですが、洪水や土砂崩れの象徴といった側面も持っています。さて、話しを神話に戻しましょうか」
叔父さんは、緩んでいた顔を引き締め、再び語り始める。
「せんゆう様のかけた呪いは、娘の故郷にいる人間、つまり千雄町の人間から、せんゆう様の落とし子が生まれるようになる、という物です」
「え? 俺、千雄生まれなんすけど……」
実は、皆怪物でした~! とか止めてくれよ?
本当に頼みますよ?
ねえ? ねえ!
おい、ニコニコ笑ってないでさっさと教えろ!
「安心してください。今では呪いも薄れているので、稀にしか、せんゆう様の落とし子が生まれる事はありませんから」
良かった、本気で焦った。
「話を戻しますね? その呪いの産物である、せんゆう様の落とし子は、父の性質を受け継ぎました」
叔父さんの、いつもの穏やかな笑みが陰る。
叔父さんは歯を噛み締め、酷く重い感情を顔に浮かべて、口を開いた。
「せんゆう様の落とし子は、気に入った人間を独占するために喰う、怪物なんですよ」
……知ってた。
一週間前くらい前に、ガキからネット情報として聞いてた。
俺と叔父さんとの温度差がヤバい。
とても気まずい。
なんだ、この人。
せんゆう様の落とし子に親でも殺されたのか?
「貴志君、君にも伝えておきましょう。私の娘の死因は、せんゆう様の落とし子です」
ええ……子供殺されてた。
なんで伝えちゃったの? 嫌だよ、関わりたくねえよ。
俺の意思とは無関係に、叔父さんは熱に浮かされたかの様に語り続ける。
「でもねえ! 私は見つけたんです! 娘を蘇らせる方法を!」
台詞とテンションが、確実に狂人のソレだ。
しかし、俺は既に魔法の存在を見ている。
であれば、死者蘇生の魔法なんかも、どこかに存在するのだろう。
叔父さんが、俺を見る。
「貴志君には、娘を呼び戻す儀式の術者になって貰いたいんです」
「難しくない事なら、まあ良いっすけど」
「ありがとう……これでやっと、妻に顔向けができる」
叔父さんは本当に嬉しそうに、そう言った。
その純粋な喜びの表情が、今は少し怖い。
「準備が整ったら、伝えます。その時は、よろしくお願いしますね」
「準備って、どのくらいで出来るんすか?」
「せんゆう様の落とし子さえ捕まえれば、すぐにでも儀式を開始できますよ」
この為に、叔父さんはせんゆう様の落とし子を探していたのか……。
「……あ、そうだ! 貴志君、念のためにパスは切っておいてください」
「……パス?」
「ほら、炎を模した触手塊を手から出したことがあるでしょう?」
魔法ウニョウニョのことか。
「ああ、アレって結局は何なんすか?」
「精神力を少し頂くための、道みたいなものです。儀式の成功率を上げる為に、少々人の精神力を少々拝借しようと思いましてね。素質のある人が、インターネットの掲示板に書き込んだ手順を実行すると、パスが繋がる様にしたんです」
魔法と現代技術の、嫌な融合を見せられてしまった。
「で、パスってどうやって切ればいいんすか?」
結局それが重要だ。
かってに精神力を吸われているのかと思うと、気分が悪い。
「触手塊を手から出して、ナイフで切除すれば取れますよ」
あっさりと、叔父さんはそう言い放った。
「け、けっこうエグいっすね」
「ああ、確かにそうですね。いやあ、黒魔術に傾倒すると良くないな。一般的な感覚が鈍ってしまいます」
爽やかに笑いながら言うな。
狂ってんのか?
そのまま、愛想笑いを浮かべて俺はジリジリと書斎から退散。
最悪の気持ちでベッドイン。
ウニョウニョには、もうちょっと、もう少し、俺の手中に収まっていてもらうことにした。